神田・須田町から淡路町にかけ、いわゆる「須田町トライアングル」と言われている一帯があります。
蕎麦屋、鳥すき屋、鮟鱇鍋屋に洋食、そして甘味屋など老舗・名店と名の付く店が震災を免れ、今なお、その味わい深い佇まいを残し、神田の地で商いを続けております。
家人が現役の時に何やかやとお世話になった取引先の方々…今ではすっかり気を許し合う友人となりました…のお招きで、この三角地帯に先月復活致しました「神田薮蕎麦」へ行って参りました。
東京メトロ・銀座線神田駅へ降り立ったのはいいのですが、地上へ上がるにはこの地下道を通らなければなりません。
「閉所恐怖症」の私は、この天井が低くてトンネルのような細長い通路が苦手です。
壁が押し寄せてきて、このまま閉じ込められてしまうのでは…ガタガタと体中に震えが来て、必死に恐怖と闘わねば前に進むことが出来ません
「おい!こっちから出るぞ」
家人が人差し指を上に向けています。
改札を出てすぐに地上に出る階段があったのかぁ~
今までの私の苦労をなんとしよう
「人間、無知ってのがいち番厄介なんだよ、ヒヒ」
地上に出れば、こっちのもんです!
工事中の「万惣・跡地」の横を通り、須田町目指し…いざ!薮蕎麦へ。
途中、鮟鱇(あんこう)を扱う「いせ源」の脇を抜けまして、のれん越しに「木枯らしが吹く年末には鍋を突つきに来るからねぇ」と声を掛け、忙しくなる稼ぎ時に一句…贐(はなむけ)に贈りました!
『出刃を呑むぞと鮟鱇は笑いけり』
(でばをののむぞとあんこうはわらいけり)
阿波野青畝(あわのせいほ)
そのまま甘味屋『竹むら』の露地へと突っ切ろうとしましたら…
名物・揚げ饅頭を揚げる香ばしい匂いが漂って来ました。
低い鼻がひくひくとピクついてしまいます。
朝早くには、いち日分の小豆を仕込むいい香りがしていたことでしょう。
勝手口に一句、そっと置いて参りました。
『世の隅にいま新小豆茹であがる』
(よのすみにいましんあずきゆであがる)
鈴木節子
ほんの短い露地を抜けますと…すぐに目に入りましたのは青々とした植え込みと料亭を思わせます「神田薮」の入口であります。
さて、御三家と言えば男子校・女子校、またはアイドルを思い浮かべますが、蕎麦の御三家と言いますれば「薮・砂場・更科」となります。
本日は薮も薮…開店から二十日あまり、まだまだ人の列が並びます入口で、友人が手を振って呼んで下さっています!
家人の体調を慮って、ずい分と前から並んでいてくれたようです。
まぁまぁ、お久しぶりの面々ですっかり好々爺となられておいでです。
店内は満席の大盛況!
あちらこちらで盛り上がっております。
火災にもめげずに再建、蕎麦を打つ職人さんも他店でその腕を更に磨いてこれらたとか…
本当におめでとうございます
こちらも再会の祝杯を挙げると致しましょう
さて…ひと息ついたところで、近況交換。
みなさま現役を退いて、それぞれお好きな山登りや映画観賞、ゴルフ三昧、ただの酒飲みと、大いに人生を楽しんでおられる様子。
わたくし…長老の方々を前に、大好物のかまぼこにいつ箸をのばしていいものか気が気でなりません
やっとの思いでかまぼこを摘まみましたら…ひと切れかと思ったかまぼこ、これがみっつに包丁が入っておりました
いや、いいんですけどね!少しずらして盛り付けて頂ければ、心の準備と言うものが出来ますもので…
外を見ますと…タクシーでもって次々とお客様が人の列に付いているようです。
ここは長居をしては野暮になってしまいます。
さっと盃を呷り、お尻を上げるのがご祝儀になるかと思います…さすが幹事さんのひと声!
「そろそろ蕎麦にいきますか?」
ひとりは季節限定の「牡蠣蕎麦」…ぷっくりとした牡蠣がご覧になれますでしょうか?
家人は軽くせいろのみ。
わたくし…天たねとせいろ…
サクサクの小海老のかき揚げが付いてきます。
「神田薮」の蕎麦は緑色と言われますように、ちょっと青味がかっております。
「緑なんて言いなさんなよ、信号やクレヨンじゃないんだよ!鶯色とお言いよ」
すぐ目と鼻のさき神田・末広町に住んでおりました伯母や私の母親が、よく言っておりました。
蕎麦の実の殻を剥きました「ぬき実」、挽き立てを打ちますと、うっすらこの鶯色が立って参るとか…
挽き立て・打ち立て・茹で立てと三立てで初めてお目見えする色になります。
が…より一層の色を出すため、昔は蕎麦もやしの青汁を加えて練ったと聞いております。
今ではクロレラをほんの少々入れまして、神田薮・伝統の緑を出しているそうです。
久々の蕎麦を堪能できた幸せを感じつつ、店を後に致しました!
後にしましたのはいいんですが、目の前にある喫茶店「珈琲ショパン」に手に手を取ってなだれ込みました!
昭和8年創業、昭和の香りをそのままに残す芳しいコーヒーを頂きました
通常の3倍の豆で淹れたコーヒーは、やっぱり3倍の味がします
濃いうえに酸味がしっかりとしまして、アメリカンを飲み慣れている現代人にはキツイ1杯に思われるのではないでしょうか?
わたくしども全員昭和の産まれ、中にはひと桁もおりますが、砂糖とミルクをしっかり・たっぷりと入れて飲みますと、それは懐かしいを通り越して新鮮な味となって胃に到達致しました。
どこに座っても、どなたかの家に寛いでいる雰囲気をすぐに醸し出しちゃう、不思議な方々であります。
主婦の私が製紙会社と聞きますと、トイレットペーパー、ティッシュペーパーと身近にある物ばかりを頭に思い浮べてしまいます。
毎日配達されます新聞にはなくてはならぬもの…それは新聞用紙…紙でありましょう。
みなさま…会社はそれぞれ違いますが、讀賣新聞社に紙を納入して下さいます製紙会社にお勤めでございました。
飄々とした中にも、どこかに「紙」を感じて頂けたらこんな嬉しいことはございません。
「はっ?かみ(髪)が薄くて分からない?これは無理難題を申し上げ、大変失礼致しましたっ」
すっかりご馳走になりながら、好き勝手なことを言ってしまいました。
本日は本当にありがとうございました
『コーヒー店永遠に在り秋の雨』
(こーひーてんえいえんにありあきのあめ)
永田耕衣(ながたこうい)
店を出ましたら…秋の雨ならず、すでに冬の雨がポツリと肩に落ちて参りました。
みなさま、どうぞお風邪などひきませぬように。