東京・築地市場のうなぎでございます。
本日「土用・丑の日」に使われるうなぎはとっくのとうにそれぞれの店に買われ、今ごろは炭火で焼かれ、蒸籠で蒸され、再び…先祖代々に伝わるタレで付け焼きされ、もうすでにみなさまの胃の中へと納まってしまっているかと思います。
ここに写っているうなぎは今となっては、1匹の生存も叶わぬ事態になっておりましょう。
合掌…
築地市場では川魚を専門に扱う店がありまして、スッポンやシジミなども店頭に並べられております。
築地と言えば…素人の私などはすぐにマグロと言う魚だけを思い浮かべてしまいがちですが、全国から集められた、それこそ聞いたことも見たことも、況してや口にしたこともないような魚が密かに?売買されております、まことに不思議な魚市場であります。
関東は武家社会でしたから、切腹を連想させる腹開きを嫌いまして、背開きに致しますが、こうして串に刺したうなぎも売られています。
ここまで処理されたものでも、家庭の主婦にはちょっと手が出ません。
「串うち三年、割き五年、焼きは一生」とよく言われていますが、私なぞあんなぬるぬるとしたうなぎを捕まえ、まな板に乗せるまで何年掛かるか分かりません。
うなぎ丸々1尾…捨てるところと言えば、シッポと少しばかりの内臓だけかと思います。
肝は吸い物になりますし、大阪では頭と豆腐とを一緒に炊いた「半助豆腐」と言う郷土料理にあるくらい、庶民の間では根付いている調理法と聞いています。
1円を円助、その半分50銭を半助と言う呼び名そのままに一杯飲み屋の品書きに書かれた、安価な酒の肴なのではないでしょうか?
かの森鴎外もこの半助豆腐がお気に入りだったとか…
「半助も二枚ありゃぁ結構だ」の一句を残しているぐらいです。
関東ではうなぎの腹身部分をこうして無駄なく始末を致しまして「くりから巻き」をこさえます。
実に根気のいる仕事かと思いますが、腹身でありますから、その美味さと言ったら…これはもう言葉では言い表せぬ旨みが滲み出て参ります。
この串刺しを「倶利伽羅」の字を当て、くりから焼きと呼んでいますが、不動大明神が右手に持つ「倶利伽羅剣」を指しているとかで、なるほど龍が串に巻き付いている様に見えぬでもない、魔除け・すなわち夏バテを防ぐまさに縁起物の1本ではないでしょうか?
その串を刺す時に欠かせぬのがこの指ゴムです。
こんなに穴が開いてしまうんですから、生身ではとてもとても痛くて敵わぬことかとお察し致します。
ここ「茅場町・長寿庵」では、蕎麦屋にも係わらず気軽に「くりから焼き」が頂ける手打ち蕎麦屋さんであります。
じゅわ・とろっととけるような歯応えと言いますか…うなぎの脂の旨さを堪能できる串焼きです。
蕎麦屋では扱わぬ生もの、しめ鯖やまぐろの山かけなど、自慢の蕎麦まで辿り着くまでにはゆっくり一刻は掛かるかと思います。
仕入れたくりから巻きを、その店独特のタレで焼き上げる…そこにはやはり粉山椒が合うかと…
家人の体調がもう少し戻りましたら、私のヘソクリでもって連れて行こうかと節約に励んでおります。
とは言いましても、世間で「土用だ!うなぎだ!」と騒いでいるのに、腎盂腎炎を言い訳にまったくうなぎを食べさせぬのも気が引けまして、ひと串をふたりで分けることで話がつきました。
「なんの話がついたんだよ!うなぎよりお新香のほうが多いじゃないかっ!」
「うなぎ屋でね、うなぎが焼き上がるまでお新香で一杯やりながら待つってのが、これまたいいんでないのよ。昔からうなぎ屋のお新香は美味くなきゃ、うなぎそのものがどんなに美味くったって繁盛しなかったんだってよ」
夕飯に合わせて漬け上がるように、ぬか床に胡瓜を漬け込み、大根は古漬けに…キャベツと人参の塩もみに酢を足して、冷酒に合うようにと頃合いを計ってるのに…お新香のほうが多いだとぉ~
「だってサ、もうすでにうなぎが食卓に並んでんだよ?うなぎで一杯やりたいじゃない?」
東京にはうなぎの名店と言われているお店がいくつもありますが、あれもこれもと満足のいくお店となりますと、安いものではありませんから、はて…どこぞがいいものかと考えてしまいます。
「あそことあそことあそこが、まぁ良いって言えば良いかねぇ」
私の母親が言っておりました。
「あそこは他はいいんだけどもサ、肝吸いが温くてね、いっつも熱くしておくれなって言ったはみてもサ、旦那が猫舌だもん、あれは惜しいねぇ。あそこのあそこはお香こ(おこうこ)に気を遣ってないからサ、酒が不味くていけないやね。で、あそこのあそこのあそこはサ、ご飯が柔らかくてダメなんだ!こちらとら病人じゃないんだからサ、ご飯はしっかりと立ってなきゃぁ食べられたもんじゃないやね」
その母親が唯一気に入っておりましたのが「湯島の小福」でありました。
もう先代の親方が代わってしまいまして、私どもも何年も足を運んではおりませんです。
ぶらり、ぶら…上野から散歩がてらに「小福」の暖簾を入ってみましょうか。
小さな福を頂けるかも知れません。