「お先に」
春を待たずに花を咲かせた桜草です
鎌倉の庭から持ってきた鉢の中に、小さな小さな種が息づいていたのでしょう
引っ越しをした浦安で、ギボウシの鉢の隅っこに芽が出ているのを見付けた時…「」何んとも言えぬ嬉しさがこみ上げたものでした
鎌倉でお隣だった「ちゃんとやれ・じぃちゃん」に、桜草の苗を頂いたのが8年ほど前だった思います
白や桃色に咲く桜草は、花の少ない冬の庭をずい分と明るいものにしてくれました
「じぃちゃん、桜草の芽がちゃんと出たよぉ」
浦安の川風が気に入ったのか…冷たい風にも耐えてその葉をグングンと伸ばしていきました
葉っぱの陰に小さな蕾を覗かせ、年を越しました
ちょっと忙しくしている間に、桜草は白い花びらをそっと咲かせておりました
今朝、花を見付けた私を見上げ、ちょっと誇らしげに花を揺らしています
途切れずに命をつないだ桜草の花言葉は「運命を拓く」とあります
見事にその花道を拓いた桜草に乾杯
『我が国は草も桜を咲かせけり』
(わがくにはくさもさくらをさかせけり)
小林一茶
さて…久しぶりに東京医科歯科大病院・泌尿器科外来に行って参りました
膀胱がんの全摘手術から約4ヶ月が経ち、その経過を診るための外来であります
まずはお決まりの「尿検査・採血」を済ませ、どんな数値が出ているか…ちょっぴりの不安を抱きながらの順番待ちです
私たちの前に診察室に入った人がなかなか出てきませんで、経験上…辛い話を聞かされているのだと、じっと開かない診察室の扉を見ていました
待合室の中は、不安と期待が入り混じった感情が小さくなったり大きくなったりと形を変えながらも、静かに音も立てずに渦巻いています
「おしっこは問題ないと思うけどサ、腫瘍マーカーの値が高いとイヤだなぁ」
尿を作る腎臓の働きは『すこぶる良い』と入院中から言われていましたし、実際に溜まるおしっこは濁りもなく透きとおったいい色をしています
問題は血液検査のマーカーに出る転移の怖さです
「ガチャッ」
ようやく診察室の扉が開きました
60代ぐらいのお父さんとお母さん…それに娘さんと思われる3人が淋しげな顔をして出てきました
昨年の春…きっと、私たちもあんな顔をして診察室から出て来たことと思います
『でもね、こんなに元気になったもんね諦めなかったからだよ
運もあったけど…だから、負けないで』
「おいっ!呼ばれたぞ」
開けた扉の向うには、家人の命を預け、見事に救って下すった頼もしい先生の姿がありました
「先生、新年おめでとうございますおかげさまで、良い年が迎えられました
先生もお元気そうで安心致しました」
「おめでとうございますあ~、いいお顔をしてらっしゃいますね
順調に回復されていると言うより、もう病後のお顔ではありませんね
さて、尿の検査結果ですが、腎臓はまったく問題ありません
ただ…腫瘍マーカーの値が高いんです
他は平均値ですので、今のところはこの数値で安定してるかと思いますので、特別急いでMRIやCTを撮る必要はないと判断しました」
先生は、検査結果が事細かく出ている書類をひとつひとつ指で示しながら説明をして下さいました
「ははぁ~判断しちゃったのねぇ」
「先生!しちゃったもんは仕方ないですけど、この次はいつ外来に伺えばいいんですか」
「また3ヶ月後でいいかと思います…4月に予約を入れておきましょう半ばごろでいいですか…
4月ですと、わたくし病院を変わっているんです」
「……」
「……」
まさか…首になったのかと聞くに聞けませんで、そこのところの空気を読んだのでしょう
「アメリカのワシントンなんですが、2年間研究をしに行くことになったんです」
「研究って泌尿器科をですか」
「泌尿器科に決まってるじゃないかっ今さら、何を研究するんだよ
ねっ、先生
」
「先生、いつ頃出発されるんですか」
「3月の頭になるかと…」
「そうしますと…先生、今度の外来はそのワシントンに行かなければならないんですかね」
「ウンなわけないだろがっ
来られるもんなら来てみろってんだいっ
」
先生のお顔はそう言っておりましたね
「先生」
「ハイ、何んですかぁ~」
「2年間、先生の帰りをひたすら待っていますから、体に充分気を付けて行ってらして下さい」
「私の代わりはしっかりと引き継いで行きますから、ご心配には及びません」
15時間も掛かった大手術を請け負ってくれたチームの先生方に、タスキを渡して下さるそうです
「請け負った…っていうか、何んと言うかなぁ」
「先生」
「だから、何んですかっ」
「ワシントンって、桜がきれいなんですよぉ~桜が川のほとりに沿って植えられて…あの川、なんて言ったかなぁ
ポ・ポ・ポト、ハトポッポ
」
「ボクが行くのはワシントン州です」
家人の命を救ってくれた先生は、超・エリートだったんだ!ってことがよく分かった診察日でありました
先生、お元気で
本当にありがとうございました