うねるように聞こえたセミの合唱も「白露」を過ぎるころから、ソロの鳴き声に替わり、何やら少し淋しげに聞こえるのは、家人の開腹手術を明日に控えている私だけかも知れません
長い地中生活を終え、セミの幼虫が這い上がって来た穴がふたつ…まるで地上の出来事を伺うかのような目に見えないこともありません
もしかしたら同時に顔を出したセミの双子かも知れません
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今年産み付けられた卵が孵るのは、7年後でしょうか…
「楽しみに出ておいで」
手術を控えたがん患者であっても、体調が安定し気力をも持ち合わせていれば、外出許可書を申請すれば大抵はお許しが出ます
遠出は叶いませんが、3時間から4時間ほどの外出ならば許可を出してくれます
「この申請理由ってところは、何んと書けばいいかなぁ」
「どれっははぁ…理由ねぇ
うーん、気晴らしとか、気分転換でいいんじゃないの
」
「そんなんで通るかな」
「そんなんでってサ、そんなんだからそんなんでいいんじゃない」
で・何んの問題もなく、すんなりと通りまして病院の地下1階から地上へと出て来たのが、日曜のことでした
家人がぜひお詣りしたいと言っていた、東京医科歯科大病院と湯島聖堂のちょうど裏手にあります「神田神社・明神様」にふたりして行って来ました
本郷通りから真っ次ぐに坂を上って行きますと、赤い隋神門を潜り…先ずは本堂でお詣りを済ませました
まだ20代前半と見受けられる女性が熱心に何かをとなえながら手を合わせています
きっと…抗がん剤での強い副作用で、髪の毛が抜けてしまったのでしょう
バンダナで頭をすっぽりと被っております
私たちがお詣りを済ませたそのあとも、女性は長いこと本堂の前に立ち、真摯に祈っていました
「祓えたまえ 清め給え 神ながら 守り給え 幸え 給え・はらいたまえ きよめたまえ かむながら まもりたまえ さきわえ たまえ」
神拝詞(となえことば)に縋る気持ちは、家人と一緒であります
細い板に願い事を書いて納めますと、護摩を焚いて下さるという「お願い事・祈願串」が本堂・階段下に置いてあり、家人が1枚手に取りました
「俺サ、膀胱って漢字ね、最初ははっきり書けなかったんだけどサ、何回も読んだり書いたりしてるうちにスラスラと書けるようになるもんなぁ習うってのは、まさにこのことだな
月篇に光るなんてサ、月光仮面みたいじゃない
」
「ヘソの下で何、光らせているんだろね
ホタルじゃあるまいし
」
「膀胱がん…」で止まってしまった願い串でした
境内には末廣稲荷社、八雲神社など8つの鳥居と本堂がこじんまりと祀られておりまして、遠くへ行かなくともご利益を得られますので有り難いことであります
あちこちを廻っていた家人がひたすら手を合わせていたのが「魚河岸水神社」さまです
「何んで水神さまなの」
「おしっこだって水ものだろそれを溜める水瓶が膀胱にあたると思ってサ」
一瞬…「なるほど」と思ったものの、水神さまってのは淡水の神様なんですね
海神様ってのもあるんですが、これは海水・しょっぱい水の護り神となります
おしっことなると…
「まっいいか」
入院する前日に「池波正太郎展」に行きたいと駄々をこねた家人を、開催していた銀座・松屋に連れて行きましたことは、先日ブログでも書いたのですが、その展示案内のポスターに使われたのが、ここ神田・須田町にあります「生蕎麦まつや」
クィッともりそばで一杯やって、店から出てきたところを写したのでしょう
着物に角袖外套を羽織った池波氏…やはり、それだけで絵になる雰囲気をお持ちです
写真は冬に撮られたもので、店の暖簾は紺地木綿に白く抜いた「まつや」の文字が写っていました
暖簾にも衣更えがありますから、9月は麻の生成りの暖簾が掛かっておりました
「病院食で唯一食べられないのが、打ち立て・茹で立ての蕎麦なんだよ今日はね、ぜひとも美味い蕎麦が食べたい
」
地下鉄・淡路町の階段を上り、須田町目指して歩きはじめたとたん…目に入ったのが長い人の列であります
「まさか」のまさかでありました
みなさん、池波正太郎展のポスターを見ての行列だろうと思います
20人…いや30人は並んでいるかと
膀胱がんを抱えている家人を1時間近くも立たせておくわけにはいきませんから、ここはサッと切り替えて、同じ町内にあります「松栄亭」に向かいました
夏目漱石が好んだという「洋風かき揚げ」が売りの洋食家さんです
「いきなりサ、洋食って言われても、俺の頭は蕎麦モードなんだよ口に広がるそばつゆのイメージが抜けない…まっ、店の名前に同じ松が付くからいいか
じゃね、ロースカツにするわ」
「ロースカツゥ~
」
私はグッと値段を抑えたメンチにしました
熱々のカツに変わりはありませんで、千切りキャベツの最後1本、パセリの茎まで残さず頂きました
ここのお薦めは「自家製・漬物」でして、素朴と言いましょうか
余計な手を加えておらず、さっぱりとしていてピクルスの役目も果たしてくれます
須田町・露地裏、ビルに挟まれた小さな出世稲荷と延寿稲荷の参拝も済ませ、再び「まつや」を見ましたら、人の列は尚も長くなっておりました
慌ただしい外出ではありましたが、何より神社にお詣り出来たことが家人の心を満たしてくれたろうと思います
明日・11日、朝の8時半から手術が始まります
「さっきサ、執刀して下さる先生方全員が『明日は全力を尽くします』って挨拶に来てくれたよ看護師さんたちも、ひとりひとり握手してくれて励ましの言葉を掛けてくれるし…
俺って人気あるのかなぁ
」
「そうきたか自分でおしっこするの、今夜が最後だからね
1滴残らず搾り出しておきなさいね
」
「言うことが、実にリアルだねぇ」
携帯のメールってのも、考えものですな
庭の山吹に、こんなセミの抜け殻を見付けました
今朝見た、あのトンネルから出てきた双子でしょうか
顔を突き合わせ、力を合わせて羽化したのかも知れません
このセミの子どもたちが羽ばたく7年後…東京にオリンピックがやって来ます
夢と希望を胸に、7年を過ごして生きましょう