東京に住んでいる友だちは、私が綴っている家人の様子を書いた「きんちゃん闘病記」を心配して、毎日ブログを開いてくれているようです
「あーたね、旦那が検査と言え入院しているってのにサ、門前仲町や佃って、どこほっつき歩いてんのよっ」
「どこって…門前仲町や佃って書いてあるじゃん」
「信じらんなぁ~い…じゃサ、今度みんなに声掛けるから、ビアホールで暑気払いしようよ」
まったく
どっちが「信じらんなぁ~い」か、分りませんよ
日本列島は連日猛暑に見舞われわたくし、ボーっとしましてうっかり忘れておりました
家人は今月・11日の午後に無事退院をし、ふと・横を向けばテレビの前の座椅子にチョコンと座っております
9日・午後1時に、家人の担当医であります泌尿器科の先生から「今回の検査入院の結果と、今後の治療方針の説明をしますので、ご家族の方も同席をお願い致します」との連絡があったと、看護師さんから言われておりました
泌尿器科の病棟は、おしっこ関係の膀胱はもちろん前立腺・腎臓病の患者さんが入院しているんですが、糖尿病の患者さんが多いのにはビックリ致しました
毎日看護師さんが血糖値を計りに来て、300を超えるその血糖値を下げるインシュリンの注射や薬を看護師さんが届けたり、ゆっくりベッドでウトウトも出来ないようで、食事の制限はあるわ、適当に廊下を歩かなければならないわ…何より痩せなければならないわ…ほんの2日でしたが、4人部屋で一緒だった患者さんたちを見ていた家人は、ポツリと言いました
「俺、膀胱ガンが治ったら、もしもだよもし治ったらサ、今度は糖尿病にならないように気をつけようと思うからサ、協力してね」
「あのね今、私は膀胱ガンのことで頭がいっぱいなのね
今日これから大事な話が先生からあるわけじゃん
なんで?何んで…糖尿病がここに出てくるわけサ
」
「そうだなそうだよ
それにしても、先生遅いなぁ~
」
午前中の外来診察を終え、コンビニのシャケ弁当をウーロン茶で呑み込んで駆けつけてくれたであろう先生首を長くしてお待ちして申しておりましたよ
看護相談室にふたりして呼ばれたときは、とうに2時を回っていました
家人は神妙な顔をして、先生の言われるままに向かいの椅子に座りました
家人の神妙な顔ってのも、なかなかいい男でして…伏し目がちな目が、今日は心なし潤んでいるような気も致します
「遅くなって申し訳ありませんえーと、まず検査結果ですが、1ヶ月掛けた放射線と抗がん剤投与の治療は効果がありまして、開腹手術が可能になりました
ただ…温存というわけにはいきませんで、膀胱全摘出となります
きんちゃん(こんな呼び方はしませんが…)の転移の心配や再発の恐れを少しでも取り除く方法としては、全摘が良いかと思います」
「ははぁ~全摘ですかぁ
」
私は机の上に置いてある泌尿器の模型が気になって、あんまり先生の話は聞いてはおりませんでした
それと言うのも…部屋に入って見た先生のお顔がとても明るく、迎えて下すった声もハキハキと『希望』のふた文字が重なるように聞こえたからです
全摘だの、転移だのと物騒な言葉も、先生の前向きな説明に迷いは感じられませんで、ホッと胸を撫で下ろし安心したこともあります
上の模型は男性の何でして、下は女性の何であります
男女の模型が裏表になっていまして、色も形も実にリアルに出来ております
と・言いましても、スパッと切った断面図など見る機会もありませんから、ここはよく出来ているのではないでしょうか…が正しい言い方になると思います
家人の手術の様子を簡単に説明し始めた先生…
「ここが膀胱で…あれ?ないこれは女性のですね
びっくりしちゃった
」
って、先生何をびっくりしてるんですか
「先生、もし私が膀胱ガンになったとしますね…そしたら、ここを切っちゃうんですか」
先生は身を乗り出して私が指差したところを見てくれました
「それは膀胱ではありません
子宮ですね」
「ははぁ~」
「あのね今は俺の膀胱の話だろ
先生は泌尿器科の専門なんだからサ、子宮の話してどうすんのよ
具合が悪くなってきた気がするわっ」
私は早々と手術の合意書にサインさせられ、看護相談室から追い出されてしまいました
毎年、この時期になりますと、白菊会日本歯科大学生命歯学東京支部から「解剖体諸霊位供養法会」の案内書が届きます
私も兄も白菊会への献体の手続きを済ませておりますが、兄は医学部への献体…私は歯学部への献体となっています
口腔は全身と深い関わりを持っていることは周知の知ることですが、歯の病気が全身に影響を与えることを考えれば、歯学部学生の解剖はとても大切なことだと思いました
こちらも親戚一同…特に口うるさい親族を説き伏せ、合意書に判をつかせねば、献体の手続きはできません
母も献体を済ませ、遺骨となって帰って来ましたのは、亡くなってから半年経ってのことでした
母の遺体との別れは慌ただしいものでしたが、母の意志を通すことができたことが、何よりのことだと今も思っています
ところで私は長いこと、自分が引き取られて行く病院は、この度家人がお世話になっている「東京医科歯科大学」だと思い込んでおりました
「日本歯科大学」だと気が付いた経緯につきましては、このブログで3部作でお送りしましたので、献体に興味がおありでしたら、ぜひお読みになって下さい
あまりのバカバカしさに、この猛暑もどこかに吹き飛んでくれるかと思います
献体をして下すった数多くの方々のおかげで、人間の体の仕組みが解明されました
泌尿器科で見た模型も、献体あってこその賜物です
母の意志が何んらかの形となって、私たちの役に立っていると思えることが母への何よりの供養だと思っています
今年も「日本歯科大学」主催の白菊会慰霊祭…出席のハガキを出しました
退院したご報告が遅れまして、ご心配をお掛けしましたが、本人は「生きたままの献体だ」などと申し、開腹手術に前向きになっております
秋風を感じるころ、身軽になって戻って来てくれることを願うばかりです
みなさま、いろいろとありがとうございました