遠く高い空から射す陽の光を遮る雲は、山から湧いて出てくるかのよう
日向ぼっこをしていたオオカマキリ「はるちゃん」やキジバト
「モドキ」の背中も、一瞬色を失ったようです
千切れた雲から陽が射し始めると止まっていた画面が鮮やかに動き出したように思います
『くも』と言う同じ発音でも、『く』に力を入れると
夏の終わりごろ、軒下から物干し竿へと糸を飛ばし、いい按配に張った網に女郎蜘蛛が棲みついていました
赤い蹴出しがチラチラしているようでなるほどうまい名前を付けたものだと思います
庭の大して見栄えのしない木や電線に、やや角の目立つ網を張り、その真ん中にいつも長い脚を伸ばし、獲物が掛かった振動をジッと待っていました
粘りのある糸に絡まったトンボやセミを食べるたびに、女郎蜘蛛は大きくなっていったのです
引き出しの奥に仕舞ってあった、手のひらサイズの双眼鏡を引っ張り出して、ヒッチコックの「裏窓」よろしく、優雅な蜘蛛の生活を覗き見ていました
この巣にいた女郎蜘蛛は、几帳面でいつも巣の手入れに余念がありません
雨上がりの網の美しさは、ヘップバーンの頭上に載ったティアラを思い起こさせ、網が風に引きちぎられるほど持っていかれても、サーカスの空中ブランコのネットの強さをも感じさせたのです
空が黒いとまで思わせる、よく晴れた日に若草色したヨコバイが捕まって蜘蛛の網は活気で全体に大きく揺れていました
ヨコバイが餌として、その脚にすっぽり抱えられ、時々手繰り寄せるように動く、細く長い脚を眺めていましたが、あまりの空の蒼さについていけず心が沈んでいくのでした
翌日の朝には、白く糸に巻かれたヨコバイはもう木の根元に捨てられていました
木枯らしが吹くようになってからは根気もなくなり、繰り返す自然の営みの淡々とした静けさが億劫になって、すっかり蜘蛛のことなど忘れていましたが、小春日和の空から「ゆらり」と1本、糸が舞ってきて陽にキラッと光ったのです
「あっ」と思う間もなく風に流され、追った目の先には荒れ果てた「あの巣」があったのでした
枯れ葉が引っ掛かり、餌食にされた小さい虫も幾つかまだその形をとどめ、繭のように糸に包まれぶら下がっています
周りの木々は、とっくに葉を落とし冬支度…
女郎蜘蛛はどこに行方をくらましたのでしょうか
知らぬ間に店子がいなくなり、おまけに店賃まで踏み倒された空き家を抱える大家にでもなったような・妙な気分でありました