鎌倉のあちこちのお寺さんには、この白さシュウメイギクが満開を迎えております
昨日に引き続きのブログになりますが、長い話になって申し訳ありません
シンデレラのような純真無垢・まだ純真な心?を持っていた頃の、遠い昔の話であります
東京・深川は木場を抱えておりますので、今でも運河が迷路のように町を流れています
隅田川と荒川に挟まれ、東京湾に流れ込む細い運河がいくつもあります
私が子供の頃には、和船がまだのんびりと横十間川を上ったり下ったりしていたのを覚えています
町にはこれまた幾すじもの露地裏が通っていて、子供なりに抜ける道を体で覚え、迷うこともなく自在に走り回っていました
町内にやって来る紙芝居のおじさんは、確か…ふたり
演る紙芝居の筋立てや時間が異なっていたように思います
大家さん一家が前に住んでいた・と言うことで、深川の長屋には珍しく、うちは二階家でした
子供部屋は、二階の襖いち枚隔てつながっていました
長男である兄の部屋は、私の納戸のような部屋よりひと回りもふた回り広く、大きな本棚が壁に作り付けられ、何しろ窓がありました
兄は自分の部屋に行くには、私の部屋を通らなければ行けません
私の三畳足らずの部屋は、兄専用の廊下のような部屋だったのです
兄は自分の部屋に入った途端、パシッと音を立てて後ろ手で襖を閉めるのです
ベッドの脇に置いてある・あの瓶
あの兄が、コツコツと小銭を溜める地道な性格だとは納得がいきませんが、これは六十を越してもなお続いているそうです
「小銭しかないんだからサ、仕方ないだろ」
瓶は兄のものだと分かっていても、見るたびに小銭が溜っているようでワクワクしたもんです
それは子供の私が両手を回してやっと指が届くほど、大きな瓶でした
イソップ物語の、ツルとキツネが苦労する話に出てくるような瓶です
その瓶には一円玉と十円玉が主でしたが、五円玉もたっぷりと入っていました
小さいなりに、一円玉が五枚溜れば五円になる…と言うあたりは分かっていたようです
『チリも積もれば山となる』…このことわざの重みは、今は身に沁みてよく理解は出来ますが、チリのうちに使ってしまうので、いつまで経ってもチリはチリのままであったのであります
物心ついた頃から、ひとりで寝かされていましたが、風邪をひいた時や扁桃腺で熱が出た時などは、階下の居間の横にある部屋に移されました
熱が下がり、多少調子が戻ってくると、町に流れる音を聞いては、うつらうつら
枕元の耳に響いてくる生活の音は、ぬくぬくとした布団の中で聞くと、なんとも言えぬ安心感を覚えたものです
目が覚めている時間を持て余していると、露地裏を抜けてくる微かな喧騒に取り残された淋しさのような…その頃は「つまんなぁい」の気持ちだったと思いますが、子供なりに感じていたのでしょう
隣からは内職をしながら聞いているラジオの歌が、ミシンを踏む音に重なって聞こえてきます
母親は、さっき「買い物に行ってくる」と声を掛けて出かけて行きました
ひとり・家に寝かされ何もすることはなく、ボーっとしていると、久しぶりに「ポンポン煎餅屋」の威勢のよい音が聞こえてきます。
けれどもポンポン煎餅は口の中の唾液が全部、スポンジのような煎餅に吸われてしまうから、病み上がりにはあまり食べないがいいなぁ~
次に聞こえてきたのは、紙芝居のおじさんが鳴ら拍子木の軽やかな木の音
この木の音は、男の子が喜ぶ怪獣物や海賊の物語ばかりが出てくる紙芝居で、駄菓子のソースせんべいに塗るウメジャムもないし…五円出すなら、もうひとりのおじさんの方がいいなぁ~
ガラスの靴を残して逃げて行った間抜けな・シンデレラって言ったかな?続きが気になるけど、おじさんが書いた金色の髪の毛をしたシンデレラは不気味で、やっぱり病み上がりには止めといたほうがいいかなぁ~
でもカボチャの馬車はどうなっちゃうのかな?
レースみたいな寝巻きはとか
ネズミは元に戻れるのかな
この間も行ってないから、おじさん心配してるかなぁ
「扁桃腺でずっと寝てたんだよ」って言ったら、ソースせんべいにたっぷりウメジャム塗ってくれるかな
「よし決めた」
お母さんは買い物に行って、いない
どうせ何処かでおしゃべりしてるに決まってる。
カンコロと木の音が聞こえたら、すぐ飛び出して行こう
パジャマで行けば、おじさんもきっと信じてくれる。
ところがである
ここが私の賢いところでであるが、いくら病み上がりでもタダでシンデレラを見て、ソースせんべいまでご馳走になるわけにはいかないだろう
ハタと、十円玉が必要であることに気がついたのであります
いち日のこずかいは、たかが知れていたし、ここ何日間、母親は忘れた振りをしてこずかいをくれないし、宵越しの銭は持たない主義なので、一円の蓄えもないときてる…
さて、十円玉をどうやって調達するか
ここで浮かんだのが、瓶に入っているお兄ちゃんの小銭でした
決断の早いのが、私のいいところ…誤った判断だろうと、早いとよく思えるもんなんです
ここ数日、ろくな物を食べていないので何かフラフラするけども、シーンとした家の中をそっと起き出して、階段に向かいました
口の細い瓶からどうやって五円玉を取ったのか?盗ったのか?時効が過ぎているとは言え、おいそれとは明かす訳にはいきません
五円玉を二枚をしっかりと手に握り締め、階段の軋む所を避けて音を立てぬよう布団に戻ってきました
それから間もなくして、以外にも早く母親が帰ってきました
勘がよい母親は、自分が留守をしていた間に『何かしたな?』といった目をして立ったまま私を見下ろしています
しょっちゅうこの目で睨まれていたのを覚えているので、私は本当にいつも何か悪さをしでかしていたのでしょう
私はこの目ですくんでしまい、待ちに待った紙芝居の拍子木を聞いても、とうとう布団から飛び出してい行くことは出来ませんでした
汗ばんだ手の中の五円玉二枚は、使わずにしばらく秘密の場所に隠されていたのでしょうが、結局兄の瓶の中には戻らず、世の中に出て行った
何を買って食べたのか・何に使ったのかも思い出せません
兄とはいえ、人様のお足に手を付けた・そのことは、今もこうして忘れることはありません
今になってこのことを知った小銭しか持たないお兄ちゃんが、ゲンコツを振り上げ追っかけて来やしないか。
兄には背を見せられない様であります
写真の紙芝居の人形は、東京・柴又「寅さん記念館」で見られます