なにもかもが、秋に向かって駆けて行きます
小枝が道端に落ちていると、「ナナフシが倒れている」
草の先っぽが水溜りに浮かんでいれば、「とうとうバッタも力尽きたか」
風で早々と落ちてしまった青いドングリがつぶれ、中の茶色の実を覗かせて転がっていれば、「あー、カナブンお前もか」
あちこちで虫たちの、短いけれども暑かった夏が終わりを告げ始めています
人生の黄昏を踏みしめていると
「チョキンチョキン・チョキン」と植木バサミの音がします
もっと坂の上の方?左足で一歩進むと「チョキン」
右足を前にもう一歩進むと、また「チョキン」
「チョキン・チョキン…貯金、預貯金」
ゼロ金利政策もあってか…高らかに鳴り響いていました
お隣の「ちゃんとやれ・じぃちゃん」ちの庭から聞こえます
じぃちゃんが帰って来た
病院から退院して来たんだ
自然と早足になって、お隣の垣根に到着
槙の垣根を刈っているハサミの音が力強く聞こえます
じぃちゃんの奥さまが、背伸びをしながらハサミを使っていました
思えば・退院してすぐに、庭仕事ができるはずがありません
「じぃちゃんかと思っちゃいましたぁ」
「うん、もうちょっと長引くと思うのよでもね!元気よ」
それを聞いて安心はしましたけど、じぃちゃんがいないと淋しいな
夕闇が下りてきた空には赤とんぼが群れをなして飛んでいます
病院の窓から秋が見えるかな
一杯気分で帰宅した家人が、自分で鍵を開けのそっと居間に入ってきました
チラッと見やった私の目付きに危険を感じたのか…
「玄関の上の方でヤモリが虫喰ってるぞ!」
玄関の灯りにエサを求めてやってきているらしいヤモリに矛先を向け、私が喜びそうな事を言うのです
この夏を舞台に、三畳間や軒下、踏み石の脇やらとあちらこちらに姿を見せる読み取れないポチッとした黒目を持つヤモリに、私はこのところ夢中になっていました
風呂場の壁には、双子と見られるヤモリが毎夜現れ、その小さくとも愛くるしい仕種を眺めながらの入浴は、首の痛さも忘れてしまうほどなのです
家人の報告を聞いたとたん、私は「スワッ」と玄関を飛び出し、静かに引き戸を閉め、くるりと見回しました
『』マークの形をした尻尾を上にして、さかさまの恰好で緑色の虫をくわえているヤモリを見つけました
首を斜め上にして飽きもせに眺めていましたら、しっかりとくわえ直そうとしたヤモリの口から虫がポロッと落ちていったのです
パサ・微かな音をさせ虫はコンクリートのたたきに落ちました。
スイッチョでした。長い後ろ脚を前後に動かしてはいますが、気を失っているようです・言わば、虫の息
ほんの少し戸惑った様子を見せたヤモリは、気を取り直し、丸い吸盤を持つ手足を器用に使い、落ちていったスイッチョには未練も見せずに回れ右をして闇夜に消えて行きました
自分の身が、何かの実になって、この世からすっかり消えてしまえる可能性を日常に持つ生き物が羨ましいと、白々とした蛍光灯に照らされているスイッチョを見て思いました。
ヤモリの血にも肉にもならずのスイッチョは、一度は覚悟を決めたであろう、あの一瞬に、どう折り合いをつけて、その一生を終えたのであろうか・と。
居間に戻ると、ヤモリの報告をし終わった家人は「これ幸い」と、さっさと布団に入り、すでに深い寝息を立てておったのであります
この人は、見下ろす私の殺気を感じないのか
感じているのか
寝返りを打った肩が小さく震えておりました