懐も気温もさみいなぁ
鎌倉は午前中、みぞれが降ったほどでした
今日はあの村上春樹・著『1Q84・3』が発売される日です
その前に溜まりに溜った本を読み終えないと次にいかれない、 几帳面な性格なんです。
この呟きを耳にした方のブーイングの嵐が押し 寄せてくる気配?
午前中は、伊坂幸太郎・著『オー!ファーザー』を、午後は山田宗樹・著『乱心タウン』の数ページをこなす予定です
雨降りがありがたいと思えるいち日となりました
さてと…「兄の盲腸」の話も、いよいよ腸詰め?に入ってきました
大詰めでした
どうも、「心が乱れて・オー!マイゴッド」です
…私がイギリスから帰国した羽田空港には、誰も迎えに来ていませんでした
家族に囲まれている友人たちに背を向けるようにしてモノレールに乗り、重い荷物を引きずって電車を乗り継ぎ、ひと月振りの我が家にたどり着いたのであります
居間に入っていくと・そこには絶望という風が渦を巻いていました
「あらぁ~おみえかいエゲレスはどうしたよ
」
「よぉ~おみえちゃん、兄貴を捨てて行ったグレート・ブリテン大英帝国はどうだった
」
ガチョ~ンあのイギリスはいったい何んだったんだ
雨に濡れた石畳の街並み
映画のワンシーンを思わせるほどお洒落なティータイム
緑の芝が映える中庭
川のほとりに建つ教会のミサ
飲み込めなかったパンプディング
パサパサのローストビーフ
キレイに包装してもらった数々のお土産
大口開けて笑っている家族を前に、体いっぱい詰め込んできた夢は、もうすっかりしぼんでしまったのです
原点である・ここをクリアしないことには、私の未来は開けてこない…結局、未来は開かなかったのでありますが
日に日に明らかになっていく「富山での真実」が、私を恐怖のどん底に突き落としていきました
母が「北陸・カニ・エビ・ブリ食べ放題温泉つきツァー」から帰って行ってほどなくして、一緒に「暗黒の地・ペルー」からボロボロになって帰って来た、あのタテ笛ピーヒャララがわざわざ富山までお見舞いに来てくれたそうです
「おばさんから聞いたよぉ~大変だったな。来るの遅くなって悪かったよ
俺も兄貴にさんざん絞られてサ、外出禁止喰らってサ太っちゃった
」
ピーヒャララはそう言って、おもむろに病室の窓を開け、笛を吹き始めたそうです
兄は、この笛の音で落ち込み、それでなくとも長い不摂生で痛めた内臓はなかなか回復をせず、傷口も化膿して塞がらず、苦しい思いはウソではなかったようです
母と同様、ピーヒャララも昼間は北陸のあちこちを観光し、夜になると酒瓶を抱え病院に戻って来て、チビリチビリやりながら笛を吹き、ベッドで笛をくわえたまま眠ってしまう生活を4日ほど過し…
「おばさんの言ってたことウソだわ看護婦にもの凄い美人がいるから行って来いって言うからサ
だまされた
俺は帰る」
笛を吹き吹き、去って行ったそうです
私は、このピーヒャララと危うく結婚されそうになったことがあります
お聞きになりたい?これほどバカバカしい話もありますまい。止めときます
それからも、兄の病状は一進一退を繰り返し、病院の院長先生、執刀をしてくれた外科の先生、下の世話を気持ちよく始末してくれた婦長さんと仲良くなって、母が呼んでいた『あきちゃん』の名で、可愛がってもらっていたようでした
傷口に刺していたチューブが、間もなく取れるという時になって、思わぬ災難に巻き込まれ、兄はこの時ばかりは、さすがに「ここで死ぬのか」と覚悟をしたそうです
その夜遅く、富山の山奥の病院に入院しているのは、兄とどっかのじぃさまとふたりで、病院はシーンと静まりかえっていた…兄の腕には睡眠剤が入っている点滴の針が刺さっています
それでも、なぁ~んかキナ臭さが鼻についたと言います
トロンとした目を開けると、窓がオレンジ色に光っていた
「パチパチボン
」と音がして…「まさかよぉ~火事ぃ~
」
病院の隣の旅館が燃えとるんかい
その時は驚いたようですが、兄はすぐにでも助けが来てくれると思い、まだ余裕があったようです
パチパチがゴーという音になっても、廊下を走る足音は聞こえてきません
腕には点滴の針がお腹にはチューブが差し込まれたまま…おしっこの管も奥深く入ったまま…
「おっかさぁ~ん」と叫んだかどうかは分かりませんが、絶対絶命の危機
その時ドアが開き、先生の力強い声が聞こえたと言います
「あきちゃん起きろ
火事だ
逃げろ
」
「げっ」
逃げろって言われても、ベッドに縛り付けられているも同然の身
兄は肝心の時に、舌がもつれて上手くしゃべることが出来なくなる妙なクセがあるのです…「アワワワ~」
「早く逃げろ」と言うわりに先生、手を貸してくれようともしてくれなかったらしく、ドアのところで叫ぶばかり…
どこかでガラスが割れる音が聞こえ、オレンジの炎はますます激しく部屋を照らし、先生が突っ立って、手招きをしている姿がパッと見えた
「何やっとるのあきちゃん
焼けてしまうわな
」婦長さんが、ツカツカッと病室に入って来たかと思う間もなく、バシッバシッとすべての管を抜いたそうです
「イテェ~ぎゃぁ~
」
ベッドから転げ落ちた兄は、肩だか腰だかをしたたかに打って整形外科にも掛かるハメにもなった…火事がおさまったその日の午後、手術室で再度チューブを差し込まれ…泣くに泣けない男泣き
「そんなウソみたいなことあるわけないじゃん」
なぜか・母は勝ち誇ったような顔をして新聞を差し出しました
「富山の旅館で火事…」と北陸新聞・富山新聞の見出しにあります
「すごいだろ」
「なにがだよ」
あれから兄は、愚図つく空模様の時に限って、ヘソの横に出来た傷口を出しちゃぁ擦っていました。
妙に艶めかしいその傷跡を、兄は得意気に触らせてもくれました。
人差し指1本でなぞった傷跡は、ミミズが這っているような感触で、ぷよぷよと頼りなく、兄そのものでありました
3日間に渡り、貴重なお時間を割いて、最後までお読み頂き、厚く御礼申し上げます。またこのメンバーでお目にかかれるよう、精進いたします
【キャスト】
おバカな兄…
ピーヒャララ…
金髪の母…
外科の先生…
勇敢な婦長…
賢い妹・私…
謎の音楽…