2020年が終わろうとする今、じぶんに大きな変化が来ているなと感じています。

 

前回のブログの後、何かじぶんの離婚にまつわるものが詰まった箱の蓋がぱかんと開いてしまったようで、そこからこれらに関することがどっと表面にあふれ出してきました。

 

色々なものが怒涛のように押し寄せて、うわ~どうしたらいいんだ~!と若干パニックで、なんだやたら涙もぼろぼろ出るし、ブログもストップしました。

 

ただ、以前はそういう課題が来るとすごく辛くなって無意識に避けてたのですが、今は不思議と、よーし!どんどん乗り越えていってやるぞー!という気持ちが溢れてきます。

そしてそう思うとまた涙がぼろぼろ出る・・・

 

私の中でようやく向き合う準備が整ったんだと思いました。

 

そう思ってたら、今朝がた以前出てきていた「人格を否定される」というキーワードが浮上してきました。

 

ちょうど約3か月前、こうしてまた自分を見つめなおす再開のきっかけとなったスクールのシェアリングに参加した際に出ていたのですが、その時は特に何も感じるなかったし、思い出す出来事もないと思ってました。

 

ただ、今回は違ってました。

そこから自分が当時受けた「人格を否定されるような発言や場面の数々」がいくつか蘇ってきたのです。

 

そして当時の私は、「そんな言葉には屈しない。」「何を言われようが事実は変らないから正々堂々といればいい。」と、自分が傷ついていることを脇に追いやって、精神力で乗り越えようとしたんです。

無理をしたんですね。

 

でも、本当はとてもとても深く傷ついて、とてもとても辛かった。

でも、「メソメソしていたってしょうがない。」と、そういう風に思ったらダメだと更に思っていたのです。

「でも」が多いな。笑

 

今回、当時本当はどう思っていたのかをようやく思い返すことができて、辛かったよね、頑張ったね!えらかったね!と、素直に自分に声をかけてあげることができました。

 

そして、これを認めてしまったら「自分は弱い人間だ」とか「負けだ」と思っていたんだなと気づきました。

弱くたってそれが本当なのに。そういう面もあっていいのに。

負けって何に?笑

 

今ならそう思えます。

 

じぶんの弱さを認めることができら、そこから広がる世界がありまいした。

 

ただ、まだまだ押し寄せる波のごとし。

来たものをひょいひょい身軽に拾い上げていきたいな。

 

そして、明日は(といってももう今日だ)まだ気づけていないものを見つけにシェアリングに行ってきまーす!

今日もブログを書くきっかけの最終章を綴るつもりでしたが、お昼にあった別のことをどうしても書きたいので、そちらを。

 

少し遅めのランチをしていたところに、ママ友の3人連れが入ってきました。

 

少し距離をとった隣の席でお茶をしながら始まったのは、子供や成績の話。

私は一人で食事をしていたので、どうしても話が耳に入ってきてしまい、初めはなんとなく嫌だなぁ・・・と感じていました。

 

でも、ふと、なんで嫌なのかな?と考えてみることにしたんです。

 

そうすると、私は彼女達に嫉妬する自分に気づきました。

「きっとこの人たちは主婦で、平日の昼間に自由にお茶しておしゃべりできるなんてうらやましい。」とか。

でもこれは、じぶんで勝手に相手を想像して、決めつけて、いやな気分になっていただけでした。

 

なので、今度は素直な気持ちで聞くとはなしにそっと話に耳を傾けました。(結局聞いてるのね)

 

すると、彼女たちは私の想像とは全く違ういい話をたくさん聞かせてくれました。

子供を尊重することだったり、家族を築くために大切にしていることだったり、自分の役割だったり。

 

もう、ぜひ仲間に入れてもらいたいような話ばかりで、世の中にこういう捉え方ができるママさん達がフツーに存在するんだ!と驚きました。

 

私の中で、ごく一般的な人は皆、愚痴を言ったりもんくを言ってばかりいるもんだと決めつけ、そして、私自身は「じぶんはそうではない」と思う傲慢さがあることも気づきました。

 

更に、そこから見えてきた一番大事な気づき。

それは、元夫に関することでした。

 

私は離婚経験があり、現在はシングルマザーです。

 

10年以上経った今でも、私は離婚の原因を作り、未だ身勝手なことを繰り返す元夫のことをどうしても乗り越えられずにいました。

 

私が彼女たちの話を聞いていて素直に感じたこと。

それは、「羨ましい」という気持ち。

では何が羨ましいのか?

彼女たちが現在進行形で家族を作りあげていけること。

自分ができないことをできる彼女たちが「羨ましい」=「嫉妬心」が私の中にあったのです。

 

私は、彼女たちが話す通り、パートナーとお互いに意見を言い合い共に築きあげれる関係になりたかった。

家族を作っていきたかった。ただそれだけだった。

でも、それができなかった。

 

そこが認められず、ずーっと勝手に想像し決めつけ、「じぶんはそうではない」と相手を責め続けてきたのでした。

同時に、そうなれなかったじぶんをも責め続けてきたのです。

 

長い長い防御でした。

そうやってじぶんを守っていないとバラバラになってしまいそうだったんだなと、今なら思えます。

認めたら、そんなだったじぶんも自然と許せました。

会社への帰り道、そんなことに気づいてぽろぽろ涙がこぼれました。

 

そして、実はそれだけでは終わりませんでした。

 

私はその後どうしても自分の傲慢さ、「上から目線」が気になってしかたありませんでした。

 

そして、少し前に「上から目線」は「嫉妬心」と繋がることを教わったのを思い出し、物事がすごい勢いで繋がっていきました。

 

私が普段ちょっとひっかかって「上から目線」を発動してしまう人、その共通点は、今思えば家庭を持つ人でした。

 

私は、ランチで遭遇した彼女達と同じ「嫉妬」をそういう人達にも感じていたのです。

 

その根本には、元夫がありました。

元夫には現在家庭があり、それは離婚の原因とも関ることでした。

 

じぶんができなかったことを元夫ができていることが認められない。

元夫とその家庭に嫉妬する自分を認めたくない。

共に受け入れられない自分がいました。

 

結局は全て自分に繋がっていき、やはり何かのせいにして自分を正当化して守っていかないとやっていけなかったんだ。だから、頑なに握りしめて手放そうとしなかったのか・・・と気づいたのです。

 

こうやって文章にするととても恥ずかしいのですが、紛れもなくそれが私の真実です。

 

そういえばもう1つ思い出したのですが、少し前にある夢を見ていました。

それは、元夫と何のわだかまりもない穏やかな昔の状態で共に過ごす夢でした。

 

夢は潜在意識を表すと聞いたことがあります。

夢は私の本当のありたい姿をヒントとして先に見せてくれてたのかもしれませんね。

 

他にも、今回の事に関わるきっかけとなる出来事がいくつも起こってきていました。

そのタイミングだったのでしょう。

 

タイミングを逃さず強固な壁を打ち破ることができました。

 

は~今回は文章にするのにとても時間がかかったなぁ!

そしてすごくお腹が空きました。笑

ブログを書きだすと、不思議なことにあれもこれもとネタが湧いてくる。

そして、すぐに文章にしないと忘れていく・・・

なので、連日投稿更新中です。

 

友人にブログを書くことをすすめられ、どうして今に至るのか。

 

ある日、友人とそういうやり取りがあったことを何気なくスクールの先生に話しました。

そうすると先生は、「自分の振り返り作業のためにブログを書けばいいよ。」と言うのです。

 

目からうろこが落ちた気分でした。

 

今までは「人」を意識して書かなければと思ったからすごく抵抗を感じていたんだ。でも、「じぶん」のために書くのならば、書けると思いました。

 

私は、自分の中の「人にどうみられるか」という部分にまた気づきました。

 

久々にブログにログインした直後は、文章を書くことより、まず体裁を整えることにばかり気がいってしまい、だいぶ時間が経ってから、本質とずれている・・・、とくだらなくなって数日間放置。

これも「人にどうみられるか」の1つですよね。笑

 

なので、その後はプロフィール写真を今の気分に変えただけで、どこもいじりませんでした。

それより、今は文章を書きたい。

 

のどに刺さった魚の小骨が取れたように、ブログを書く真意を見つけられてスッキリしたのでした。

 

そして、実はもう1つ、後押しになるきっかけがありましたが、それはまた別の話。