少なからず...
誰にでも、一度くらいは
誰かを憎んだり、許せない気持ちを
抱いたことはあるんじゃないでしょうか..


私もあります、当然。

ず~っと、さかのぼると
中学生か..もうちょっと前だったか
父を許せなくなった。

昭和一桁生まれの父は
三姉妹の私達への育て方はとても厳しく
今の時代で言うなら、半分虐待に当たっている
ような場面もありました。
でも、それは、その時代そんな家庭も
珍しくなく教育の範囲だと認識していた。
とにかく、父の言うことは絶対で
逆らうことはできなかった。
そんな父に、母も、もちろん反論なんて
許されない。

姉から聞いた話だと、私が小さい時から
母へ対しても暴力がよくあり、大変な怪我をしたときもあったと...

そして姉たちもこの家から出ていき(就職など)
私が残るようになった後も、私のトラウマと
なるべき事件があった。
原因はわからないけど、父が物凄く怒って
手に何かを持っていた記憶はあるけど
覚えてなくて..とにかく怒りながら
罵声を浴びながら母を廊下の端へ端へと
追いやってきた時、私が母の体に覆い被さり
父に向けて「もう、勘弁してあげて❗」
と、必死に叫んだのを覚えてる。
そのあとの記憶が飛んじゃってるんだけど

その事が、ず~っと、ず~っと、
父が亡くなる少し前まで
心の奥に..しこりのように残ってた!

「トラウマ」というものですね

で、母は、62歳で病死して
父が残ったわけだけど、父も80歳になろうとしてた頃病気になり、入退院の繰り返しで
家で療養してるときは私がお世話してて
まぁ、寝たきりではなかったからまだ良かったかな⁉️
たまに東京から姉が来てくれて
父の身の回りの世話もしてくれたりと
助けてもらい、ある時だったかな⁉️

以前から頑固な父は、ヘルパーも嫌
デイサービスも嫌!!!
その話で姉と私と父の3人で口喧嘩が始まり
更に、姉も幼少期からの厳しい躾や体罰の事が
よほど悔しかったんでしょう...
その話にもなり、母への暴力の話にもなり、
父に対して、一言謝罪の言葉を求めたけど
断固として父は認めない態度に
私も、姉の隣で泣きながら聞いてた時に

姉から   私へ
「お前も、心の中のもん全て出しきれ!」
って言われて、私と姉は晩酌しながらの食事だったので、私も「今しかないかな⁉️」と、
お酒の力も借りて、あのときの母への暴力による、長年のトラウマのことを父にぶつけた❗

さすがに、父も 目の前の娘達二人が
そんなふうな気持ちを持ってたのか?と
言わんばかりの驚きの顔してたけど、
けど、結局それに対して謝罪や反省の言葉は
なかった。

だけどね、父にしてみれば
人生最悪の場面だっただろうけど...
かなりのショックは受けたであろうけど..

私は、やっと❗やっと自分の口から
心のしこりを吐き出す事ができて
結果的には、良かったんだと
そぉ思ってます。

その後82歳で、父は旅立ちましたが

あのとき、あのきっかけに
私の中の憎しみや怒りを吐き出す事が
出来たおかげで
トラウマは消えました。

もし、言えないまま
父が亡くなっての現在を思えば
きっと、今でもそのトラウマに縛られ

亡くなってさえも父を...

今でも、憎しみは消えてなかっただろうと
思う。


今では、【感謝】

両親は、私達三姉妹を
とにかく食べさせるために
寝る間も惜しんで必死に働いて働いて
育ててもらえたんだと...

だから、仏壇に手を合わせて

「今日も1日、ありがとう。
              無事に過ごせました。」

と、感謝の気持ちを伝えてます(⌒‐⌒)


トラウマに限らず
日常生活の中であり得る事ですが..

憎しみや 怒りを    ずっと抱えたまま
過去の事に縛られ、その事に振り回され
本当の自由を奪われ続けていくことは

いつまでも
いつまでも
自分を自由にさせてあげられない

歪んだ心のままで、日々を暮らしても
どんなに素敵な景色を見たとしても
その目から見えるものは歪んだ景色にしか
ならないと思う。

「許せない 」という気持ちは
自分自身が許したくないから
「許せない」という状態が続いているのだと..


「許す」ということは手放すこと。
「許し」は自分の心を自由にすること。


心の容量がパンパンになったら
どれか1つでも削除して「空き」を
作ってあげましょうニコニコ