私はあの時、顔をあげて彼の笑顔を目にしてしまったことを猛烈に後悔していた。
何度もあの笑顔が脳内によみがった。
そのたびに私は自己嫌悪におちいって、自分の軽率さを反省することになった。
しかし、そんな思いとは裏腹に私の機嫌はとてつもなくよかった。
「なにかいいこと、あったの?」
古いお付きあいのお客様の言葉にドキっとさせられる。
「なにもありませんよ。
今日はあたたかいですね。」
「そうね。
眠くなっちゃうわ。」
「お眠りになられててもいいですよ。」
「ふふふふふ。じゃあそうしようかしら。」
そんな会話のそばからニヤニヤしてしまっている自分がいるのもまた事実だった。
「なんかママ、楽しそうだね。」
夕食の準備をしていると優和が私の顔をのぞきこんできた。
「そう?
優和がトマトを切ってくれたからかな。」
「んふふふふ。優和スゴイでしょう?」
「うん。すごいすごい。ありがとう。」
「えへへへ。」
何を期待しているのだろう。
娘の体操の先生と2事、3事言葉を交わしただけの事だ。
浮かれることもなければ、反省などする必要もない。
こんなこと、日常よくあるささいな出来事だ。
私には優和がいて、kazがある。
もうなにも望まない。
欲しいものなど他に。
もうなにもないのだから。
「ハンバーグ、お皿にならべてね。」
「優和、おっきいほうね!」
私には優和がいる。
カズだって、いる。
