あのあと2回続けて、彼は体操教室をお休みしていた。
3週間目の土曜の午後。
体育館の大きな窓から降り注ぐ2月の木漏れ日がまるでスポットライトみたいに彼を照らすから、私はすぐに、そこに彼を見つけてしまった。
久しぶりの彼の笑顔に、穏やかだった心が乱れていくのが自分でわかってしまう。
彼に会わない間、私は安心していられたのに。
これでいい。
これでいいんだ、って。
少し恨めしい気持ちで遠くから彼をにらみつけてみるが、そんなことみじんも気がつかない彼は楽しそうに生徒の一人とジャンケンをして頭をかかえて笑っていた。
正直に言うと、一度だけ想像した。
彼はいったいどんなキスをするんだろう、って。
彼の指はどんなふうに肌に触れて、彼の声はどんな言葉をささやくのだろう。
…私には関係のないことだ。
私は意識を優和だけに集中させるようにした。
あの笑顔は私には眩しすぎるのだ。
「今日は優和の好きな餃子にしよっか。」
「わーい!優和が餃子包むからね!」
「ふふふ。じゃあ、お願いね。」
何もなく1日が終わろうとしていることに私は再び安心していた。
いつもと変わらない日常。
いつもと変わらない会話。
いつもと変わらない幸せ。
「あ、そうだ!」
お手伝い用の小さな台からとびおりて、優和がリビングに走っていった。
「はい、これ!」
「え、なあに?」
リュックをあけると、手さげ袋を渡された。
「相葉先生から。」
湿布とチューブ薬が白いビニールから透けて見えた。
「なんですぐに言わないの。」
「え、なにが?」
「さっき。体育館で。
すぐに言ってくれなくちゃ。」
「だって。」
私に咎められる理由が全く見当たらないというように彼女は唇を少し尖らせながら続けた。
「ママとふたりだけになった時に渡してね、って。先生が。」
中をのぞくと、白い小さな紙があるのを見つけた。
私の指がそれを急いでつまみあげる。
余計なことしてすみません。
これすげー効きます!
そこにはお世辞にも上手とは言えない文字が並んでいた。
「あ。ママ!」
娘に気づかれないようその紙を袋の中に落とした。
「先生ね。ママとおんなじ名前なんだよ!
雅紀、ってゆうんだって!
すごいよねー!」
さっきの気まずいやりとりをごまかすかのように彼女ははしゃいだ。
「ね、ママ!
すごいよね!」
