グンソクが来て2か月。今では簡単な要件なら、ひとりで取引先に行くようになっていた。順調に仕事を覚えていくグンソク。仕事面でも彼は高い評価を受けていた。
そんなある日、トラブルが発生した。
それは相手側の担当者が曖昧な言葉を使ったせいで、韓国人のグンソクでなくても、新入社員などがよくひっかかるケースだった。本来なら、指導役の高橋さんがきちんと確認するべきことだったし、アシスタントの私のチェックミスでもある。
――グンソクの能力の高さが、反対にわざわいしたと言ってもいい――
それでも、すぐ高橋さんがフォローに入り、大事には至らなかったのに、相手側の上司がすべてをグンソクの責任としてクレームを入れてきたのだ。
これ以上事を大きくしないために、高橋さんとグンソクは相手側の担当者と上司に謝罪しに行った。高橋さんはそのまま接待に同行し、グンソクひとりが帰された。
会社に戻ってきたグンソクは、硬い表情のまま課長に報告していたが、自分の不注意を詫びるだけで、言い訳など一切しなかった。
グンソクのことを心配していた私に、高橋さんから電話が入った。
「グンソク、どうしてる」
高橋さんは、接待の途中だから詳しくは話せないけど、と前置きの上、何があったか話してくれた。どうも、その上司は韓国が嫌いらしく、もともとグンソクのことも嫌っていたらしい。そして、今回の件が起きたことをいい機会にとクレームをいれてきたのだ。
「だから韓国人なんかと商売はできないんですよ。最近はグローバル化とか言って、わざわざ外国人を新入社員としてとる会社も多いと聞きますが、それはどうかと思いますね。ほら、こんなことがよく起こるんじゃないですか」
と、グンソクの前でバカな持論を喋ったらしい。高橋さんもグンソクも、もちろん反論できる立場ではなく、黙って聞いていたそうだ。
「グンソクはミスをカバーしようと頑張ったけど、上司が偏見を持っててさ。仕方なくグンソクだけ帰したんだ。フォローしてやってくれないか」
私は話を聞きながら、思わず涙が出そうになった。
グンソクがどれだけ陰で努力しているか、知っているのは指導役の高橋さんと、アシスタントの私ぐらいだ。社内でも、もともと何でも出来る男と思われている。それでも、やっかみが少ないのはグンソクの人柄のためだ。
日本語も日本に来てからも勉強し、ビジネス用語も普通に使いこなすようになっていた。それがどれだけ大変か、韓国語を習っている私にはよくわかった。
勤務時間が終わる直前、私はグンソクにメールした。
――いっしょに飲もう。お店でまっているから。ぜったいに来て
彼は疲れた顔をして、お店に来た。
「高橋さんがね、電話くれて、むこうでなにがあったか話してくれたの。ごめんね、グンソク」
「なんで美月が謝るの」彼はちょっとだけ笑みを浮かべて言った。
「だって、私がちゃんとチェックしてれば防げたミスだし、そんな日本人がいることが申し訳なくって」
「美月の責任じゃないよ、担当は俺なんだから。それに、そういう考えの日本人がいることも知ってた。まあ、本当に会ったのは初めてだけどね。韓国人にも日本嫌いの人は結構いるし」
「でも、変だよ、外国人だからって理由で差別するなんて。グンソクがどれだけ頑張っているか、知ろうともしないで」
「日本語ってむずかいしね。勉強不足だって、わかったよ」
「ううん、グンソク、ずっと勉強していたじゃない。私、知っているよ」
私は悔しくって、今にも泣いてしまいそうだった。でも、言い訳ひとつしない本人を前に、私が泣くのも違う気がして我慢していた。
そして私は、涙をこらえるためにいつも以上にお酒を飲んでしまった。