週末を控えた木曜日、帰り支度をしていたら桃花が話かけてきた。
「これから、グンソクさんとデートします。何回も誘って、やっと時間をもらいました」
「なんで、そんなこと私に話すの」
「美月さんには話しておくのが、礼儀だと思うからです」
「え?」
「私、本気なんです。本気でグンソクさんが好きです。だから、今日のデートでグンソクさんに振り向いてもらえるようがんばります」
そこには、いつものふわっとした表情の桃花ではなく、真剣な眼差しの女性がいた。
「がんばってね」私の口からはそんな言葉が漏れていた。
「美月さん、人が良すぎですよ」桃花はふわっと笑うと、「お先に失礼しまーす」と帰っていった。
私はそのまま自宅に帰ることも出来ず、馴染みの店に久しぶりに寄った。グンソクは来ない。だから、店に行った。
ちょっと飲んで帰るつもりが、歯止めが利かず、何杯も強いお酒を飲んでしまう。
気づくと、グンソクの顔が目の前にあった。
「あれ? 何でグンソクがいるの?」
「マスターが連絡をくれた。何で、こんなに酔いつぶれるまでひとりで飲むんだよ。飲むなら、俺を呼べよ」
よくわからないけど、グンソクは怒っていた。
「いいのよ、私はひとりで。グンソクには桃花がいるじゃない。デート、楽しかった?」
私は馬鹿だ。自分でも何でそんなことを言うのかわからない。でも止まらなかった。
「デートじゃない。相談に乗ってほしいといわれて、付き合っただけ。とっくに帰ったよ」
「え~、ちゃんとおうちに送った? だめだよ、可愛い子をひとりで帰しちゃ」
「ほら、タクシー待たせてるから立って。送るから」
「私はだいじょう~ぶ。いつもひとりでかえるでしょ?」
「何でいつもそうなんだよ。こんな美月、放っておけるわけないだろう」
グンソクに大きな声で言われ、私は少し酔いがさめた。
グンソクはそれから一言も喋らないまま、タクシーはマンションに着いた。
「もう大丈夫だから、このままタクシーで帰って」
グンソクは何も言わず、私と降りて部屋まで送ってくれる。ベッドまで連れて行ってくれて、お水を持ってきてくれた。
私はグンソクから目が離せなかった。グンソクが好き。このまま、グンソクに抱いてほしい。酔いの残る頭で、そんなことを思っていた。
ベッドに腰掛ける私を見下ろしていたグンソクは、一瞬、身体をかがめてきた。
(キスしてくれる?)
私は期待を込めて、目を瞑った。
グンソクが好き。
グンソクが笑うと私も笑顔になったし、グンソクが辛いときには側にいたい。優しい笑顔も、ちょっと意地悪な表情も、私だけのものにしたい。ほかの女の子と一緒にいてほしくない。
私は自分の恋心を持て余していた。
大嫌いなジェットコースターに乗っているみたいだ。だんだんと惹かれ、グンソクの言葉一つで舞い上がり、ちょっとした態度で落ち込み、グンソクの優しい笑顔にも意地悪な表情にも振り回された。
だから、恋愛は嫌い。こんな自分も嫌い。
グンソクに告白しても、彼は困惑するだけだろう。仕事もやりにくくなる。そして、数か月後にはグンソクは韓国に戻る。
だったら、こんな気持ちは押し殺した方がマシだ。私は何度も自分にそう言い聞かせ、ひとりベッドで泣いた。