こんにちわ
今日は薩長史観の大嘘を見ていきます。
薩長史観の大嘘はたくさんあります。
私たちはその薩長史観の大嘘の歴史を、教えられてきました。
その薩長史観は、今も生き続け今も学校教育で教えられています。
それでは外国人に知られてしまった明治維新の大嘘を見ていきましょう。
★勤王の志士とはテロリストであった。
通説 薩長を中心とした下級武士たちの手による革命的な
封建的徳川体制を打倒し、我が国は西欧列強による
植民地化を防ぎ、近代化国家建設の幕を開けた。
勤皇の志士たちが、幕府を倒し近代化の扉を開いた。
これが薩長史観で教えられる勤皇の志士の歴史観です。
歴史の真相 勤皇の志士とは、薩長の下級武士、忍者集団のことであって
テロリスト集団です。
この集団はテロリストと呼ばれる通り、テロを行って
徳川幕府を打倒しました。
自分たちを勤皇の志士などど自称していますがそんな
崇高な連中ではなく、ただのテロリスト集団です。
まさかテロリスト集団が、徳川幕府を倒して明治政府を
樹立した_________などと歴史で教えられないので
勤皇の志士などと称して、歴史で教えているわけです。
幕府を倒した薩長が、欧米列強の植民地化を防ぎ、近代日本のすべては
明治に幕を開けたとするこれを
「日本の夜明け史観」とも呼ばれています。
老若男女問わず、私たち日本人は薩長が作り上げた
「薩長史観」と「日本の夜明け史観」
以外は学校教育で教えられていません。
だからすべての日本人は、薩長の作り上げたこれらの「歴史」を
真実だと思っています。
勝てば官軍_____徳川を倒して勝った薩長は、明治維新で壮大な大嘘を
作り上げその後の学校教育で世に広めていったのです。
★維新のヒーローは、みなテロリスト
封建的な徳川幕府を倒し、近代日本の幕開けを成し遂げたとされる
維新の功労者は
長州 吉田松陰、桂小五郎、高杉晋作、山縣有朋、伊藤博文、井上薫
薩摩 西郷隆盛、大久保利通
土佐 坂本龍馬、板垣退助、後藤象二郎
肥前 大隈重信、江藤新平
いずれも維新のヒーローとされたそうそうたる人物たちです。
しかし、彼らは維新のヒーローどころか、暗殺集団、テロリストです。
我が国初の内閣総理大臣は、この暗殺集団の一人であり自らも
テロに手を染めたテロリストです。
★維新のヒーローが主導したテロ行為
残酷で憂鬱な史実ですが、維新のヒーローとされる人物たちが
主導していたテロ行為を見ていきましょう。
🌸桜田門外で、水戸脱藩のテロリストと薩摩藩士に暗殺された
長野主膳の家族など
🌸彦根藩ゆかりの村山可寿江の生きさらし
🌸京都町奉行所与力やその配下の暗殺 賀川肇など
🌸幕府に協力的な商人への略奪、放火、無差別殺人
🌸佐幕派の公家の家臣たちのあまりにも多数の暗殺
🌸学者の暗殺 儒学者池内大学など
🌸その他、仲間内ではくを付けるための無差別殺人
彼らのやり口は、非常に凄惨で首と胴体、手首などをばらばらにし
それぞれ別々に公家の屋敷に届けたり、門前に掲げたり
上洛していた一橋慶喜が宿泊する東本願寺の門前に捨てたり
投げ入れたりしました。
●池内大学の場合
大阪に立ち寄った山内容堂に招かれ、深夜まで語らい駕籠で帰った
ところを自邸前で待ち伏せていたテロリストに惨殺されました。
単に惨殺するにとどまらず、その首が難破橋にさらされたのです。
さらに耳を切り取り、正親町三条実愛、中山忠能の屋敷に辞職を求める
脅迫文をつけて投げ入れました。
●賀川肇の場合
テロリストの集団に押し入れられて惨殺されました。
そしてテロリストは、香川の腕を切って公家の屋敷に投げ入れました。
その首は一橋慶喜の宿所に投げ入れました。
●与力配下の目明しなど
肛門から竹を突き刺し、脳まで貫いて絶命させ、そのままの姿で
市中にさらした。
これらテロリストが行った多くの暗殺、彼らはこれらの行為を
「天誅」と称していました。
天が行った行為だというのです。
もうただ 狂気だと断じるしかありません。
これらのテロリズムを断固容認しません。
これらの狂気だとしか言えない行為を、先に挙げた維新のヒーローと
される人物たちが主導していたのです。
もはや手の付けようがない京都の治安
そこで新しく設けられたのが、京都守護職、、、、、
会津藩はこういう時期に京都に入ったのです。
★攘夷攘夷とわめく薩長のテロリストたち
日米和親条約が締結されたのが、嘉永7年(1854)
日米修好通商条約の締結は、安政5年(1858)でした。
京都守護職会津藩が京都に入ったのは、文久2年(1862)です。
文久に入って激しいテロ行為を繰り広げたテロリストたちは
口を開けば攘夷、攘夷とわめいた。
しかし日米和親条約締結から10年も経ってから、わめきだしたのです。
そんなに外国人排除がしたかったのなら、日米和親条約が締結された
直後にわめくのならわかるが、なぜ10年近くも経ってから急に
わめきだしたのでしょうね。
そしてなぜあの凄惨なテロを繰り広げたのでしょうか。
それだけに彼らの行ったテロ行為は、なお悪質であり
後暗い意図があったとしか思えない。
つまり後暗い意図とは、外国人排除を口実に攘夷を叫び出し
条約締結に難癖をつけ、徳川幕府を倒し薩長主導の政権を樹立
させることが真の狙いだったのです。
そのためには佐幕派の将軍、天皇父子を暗殺し自分たちの
意のままになる天皇を立てなければならない。
そのためには、天皇のおわします京都の町を恐怖に陥れ
テロを繰り広げ邪魔な連中を次々と暗殺し、徳川幕府を打倒し
王政復古の大号令を発して政権交代を成功させること。
事実、薩長が望んだ通りの日本になりました。
知ってはいけない明治維新の真実著原田伊織