★★戦い終わったその後に待っているもの
★父子でともに自殺したとされる政治家
アメリカに潰された政治家たちを見てきました。
その他にも中川昭一なんかも、アメリカに潰された政治家です。
あの有名な朦朧会見、普通はあんな朦朧会見をダラダラと
流すテレビ局もテレビ局ですが、中止にしなかった側も異常です。
これはもう、中川氏を失脚させるための会見としかいいようがない。
そしてそのご、実際に失脚させられました。
彼はこの朦朧会見の責任をとって財務相を辞任しました。
なぜ中川氏はアメリカに嫌われたのでしょうか。
彼は「アメリカの現金自動支払機にはならない」と発言したのです。
そして2009年10月3日自宅で死亡しているのが見つかりました。
まだ56歳でした。
彼の父親の中川一郎氏も同じく自殺しています。
父子で自殺しているんです、まだ57歳でした。
しかしともにその自殺説については、非常に疑問が残るものです。
自殺、、、には犯人がいません。
本人が自分で死んだのだから、、、
これほど犯人にとって、都合のいい死に方はない。
犯人捜しは一切しないですむ、、、、犯人側は捜されないですむ。
中川一郎は、表向きは反共を唱えながら、親ソビエト政権の樹立を
画策していたとされ、1983年1月首相の名代としてアメリカ訪問に際し
ペルソナ ノン グラータに相当するとして、入国拒否を通告され
こうしたことが彼の死にまつわる疑惑を形成することになった。
●ペルソナ ノン グラータ
好ましからざる者、受け入れがたい人物を意味する言葉です。
アメリカにしてみれば、やはり好ましい人物ではなかったのでしょう。
アメリカに都合の悪い人物は、アメリカにとってはいらないのです。
いるのは、アメリカのいいなりになった人物だけです。
★橋本龍太郎も戦った
この人もアメリカと戦った政治家です。
96年1月橋本龍太郎政権が誕生しました。
そして96年2月23日、クリントン大統領との首脳会談で普天間基地の
危険性を訴えました。
そして普天間飛行場の返還を要求しました。
翌年の6月ニューヨークコロンビア大学の講演で、アメリカに脅しをかけ
「日本政府がもっている米国債を大量に売りたい」と発言し
ニューヨーク株式相場は大きく株価を下げました。
またこの人は、官僚をもうまく使いこなす人でした。
普通のおバカな政治家は、官僚に使われているものですが
橋本に楯突いたらどこに飛ばされるかわからない、、、というほど
緊張感があり、官僚側も真剣に知恵を出す努力をしたそうです。
橋本龍太郎が去って、またおバカな政治家たちが官僚に使われることになり
官僚の思うがままの体制にもどり、ホッとしたことでしょう。
橋本は米国との間で前面に立ち、粘り強い交渉をつづけ
沖縄住民の負担を軽減する、、、という日米合意まで取り付けたのです。
基地移転の本来の目的は、沖縄住民の負担軽減です。
政府の役割を日本政府はしっかり守っているでしょうか。
国民の生命と財産を守ろうとしているでしょうか。