皆さんは何かクリエイティブなことをするときに、最初はウキウキワクワクした気持ちで初めたものの、途中で何かにつまずき、そのままいやになって投げ出してしまうことはありますか?

 

私は実はその連続です。作曲に挑戦する毎日ですが、一曲を書き上げるということが本当に難しいのです。書いては消して、を繰り返して、進まない。そしてそのうちに何を書いてもつまらない、意味がない、価値がないものに思われてくるのです。挙句の果てにはそれに耐えられなくなり、途中でやめてしまいます。その途中、というのが本当に早い段階なのが困りものです。例えばメロディーが12小節まではできたとしても、そこから先が全く見えず、何をしても良いと思ず、そこで止まってしまいます。

 

とにかく私は自分に高い目標を掲げすぎます。始めたのが遅いため、同じ世代の人々の作品や演奏と比べること自体おかしなことなのですが、どうしてもそこと比べてしまい、(というか目標にしてしまい)自分の活動は無意味なような気がしてしまいます。

 

私のミュージシャン友人たちの活動などは素晴らしいですが、私がみているのはそれぞれが過去に練習に練習を重ねてきた結果です。結果だけをみているので、過程が見えず、私の体験している過程がまるで私だけのことのような気がしてきます。

 

練習作を作ることを許していないんです。練習作などを作る意味などない、時間の無駄、と思い込んでいるようです。でも今書いていると、不思議なもので、この考えがいかに馬鹿げているかがわかってきました。練習作を作らずにどうやって清書ができるのか。練習のリハーサルをせずにどうやって本番を成功させるというのか。練習作、失敗作、大いに結構ではないですか!

 

大きな目標を掲げることは良いと思います(フロー状態には入りにくいですが)。ただ結果が伴わなければそこまでの過程をただの時間と労力の無駄、と思い込むことに大きな問題があると思います。私は思えば、両親に、ピアノで大学院に行きたい、ピアニストを志したいと伝えたときに、やってものになるのか、意味があるのか、と(本人たちは悪気はなく、私の将来を思って純粋に心配していたのですが)何度も言われました。きっとこれはピアノを始めてからのことではなく、私が小さな頃にも日頃言われてきたことなのだと思います。それが染みついてなかなかその考え方から抜け出せない。

 

でも、それでいいのだと思います。それが私の人生。練習作、失敗作を作る覚悟ができたとき、大きく前進するだろうと確信しています。これを書いていてすでに覚悟ができました。