皆さんは、演奏をする時、何かを創造する時、それを聴いてくれる人々に何を伝えたい、と思っていますか?また、その「伝えたいこと」について真剣に考えたことがありますか。
私は今、ある素敵なご縁で、すばらしい作曲家の方から作曲のご指導を受けています。その方とのレッスンで聞かれた、最初の質問が、「何を伝えたいの?」でした。
聞かれるまで、あまり、というかほとんど考えたことがありませんでした。クラシックだと、楽譜がまずは大事で、作曲家の意図を理解して解釈できるように楽譜に穴が開くほどじっと見て考える、そして楽譜通りに練習し、楽譜通りに演奏する。演奏家は、楽譜のおたまじゃくしを実際の音にする人、と考えていたので、個人の解釈の違い、考えの違いは表れても、「何を伝えたいか」と聞かれたら、過去の私だったら、「曲を伝える」意外には考えたことがなかったと思います。
しかし、例えクラシックで、音符や構成を変えての演奏をすることがない世界にいるとしても、やはり、伝えたいものがはっきりしていると断然演奏が生きてくるし、聴衆も心を動かされます。そして、作曲を始めた今、わかります。曲を伝えたい、と思っていたのに、その音一つ一つの後ろに込められている作曲家の気持ちが分かっているつもりになっていて、実は分かっていなかった。創作する側になってまずそこが大きな気づきであり、習得でもあります。誰かが作ったものを聴いていると、分かったつもりになってしまうんです。それは、作曲家にしたら「聴衆にはこういう体験をして欲しい」というマジックに上手にかかった、とも言えるでしょう。そのマジックを可能にするのに、どんなカラクリや経緯が後ろに潜んでいるのか、これはやはり自分が作る側になってみないと体験できないことです。
その伝えたい何か、それを本当に突き詰めて考えていく必要があります。「曲を伝えたい」ではまだ甘いのです。曲を伝えたいのであれば、作曲家の気持ちになって、作曲家の意図したであろう何を伝えたいか、それをまずは突き詰めて、そして初めて伝えられる準備が整います。
また、伝えたいことは曲のことだけにとどまりません。私は、最近やっと分かってきたことですが、20歳でピアノの勉強を始めたため、他のピアニストのように、曲をいかに正確に美しく弾くか、ということでは勝負できません。日本生まれの日本育ちで20年以上アメリカで生活しても、ネイティブスピーカーと同じようには英語の読み書きができるようにはならないのと同じです。また、そうなる必要はないのです。私のアイデンティティーというものがあるからです。既存の曲を正確に美しく弾ける人は大勢いるので、その方々に任せておけば良いのです。
私にだけしか伝えられないもの、それがあります。私は、大人になってからピアノを初めて、努力と根性で博士号をとり、音楽活動を続けている、それだけでも人々に元気と勇気を伝えられるのではないかと思うのです。
皆さんも、ぜひ、自分にしか伝えられないことについて考えてみてください。これがあると、演奏も創作も抜群に上達しますよ。