この記事の続編です。感じるということ

 

私は過去に、ありとあらゆるものから感じ取りたいと思って、そうしたら悪いものからも感じるようになってしまい、次第に自分の軸が失われて、危ない状態に陥ったことがありました。

 

明らかに悪いもの、人の弱みに付け込んだようなものをも拒否できなくなってしまった頃には流石に危機感を感じ、どうにか自分を取り戻そうともがき始めました。

 

でもどうすれば自分を取り戻せるのかが全くわからない。でもなんとかしなければ。そんなことを頭の片隅で小さく訴えていても、その声は遠く、なかなか説得力を持てませんでした。それだけ私が弱ってしまっていたということなのでしょう。

 

そんな中でも以前の自分との繋がりを途絶えさせないものがありました。ヨガです。ヨガをもう何年も続けていましたので、私がそんなアンバランスな状態であっても、なんとか日々の生活を可能にしてくれていたのではないかと思います。

 

ヨガのクラスの最中は、たとえ邪念が入っても、とにかく「戻ってこい、戻ってこい」と心の中で自分に語りかけていました。その問いかけが効果があるのかないのかわからなくても、クラスの間だけはそう唱え続けました。

 

そのうちに、ある一冊の本に出会いました。自分を取り戻すべく、その手段を探していました。小説というのは直に心に響くため、正直言ってあまり読書は得意な方ではなかったのですが、その本はなぜか買う前からある安心感をもたらしてくれました。私はとりあえずその本を読み始めて見ることに。

 

そしたらどうでしょう。日に日に地に足がついてきて、読み進めるごとに自分が戻ってきている感じがしたのです。この本には本当に感謝しています。

 

梨木香歩さん作の「西の魔女が死んだ」です。

 

 

 

この本には毎日の生活が豊かになる知恵がたくさん散りばめられています。自然とともに生きるということ、毎日生活のために働くということがいかに美しく、儚く、幸せなことか。これを読み終わった頃には、悪いものはもう寄せ付けない自分になっていました。

 

「感じる」ということは、自分にとって大切な、必要なものに限定する必要があります。それ以外のものは除外するのです。これは必ず行ってください。自分を守るために大事なステップです。洞察力を養うためには、やはり毎日の生活を大切に。心身の健康を保って、快楽だけでなく地道で地味な努力も惜しまずバランスをとって生きることが大事かな、と思います。

 

感じることを許す。けれどもなんでもいいのではなく、感じることを許すものは限定して。そうすればもっと自由になれます。