思えば、ピアノを始めた頃の私はとりあえず曲を弾けるようになるのに必死で、音楽というものはどういうものなのか、ということをゆっくり考えたこともありませんでした。
ある時、衝撃を受けたことがありました。アメリカで人気の音楽教育メソッド、ダルクローズのクラスを受講していた頃。ダルクローズは、大きく分けてソルフェージュのイヤトレーニング、音楽にそって体を動かすムーブメント、それから即興の3構成から成り立っています。その即興のクラスで、ある時「好きな楽器でなんでもいいから弾いてください」という課題を授業中に出され「みどりはピアノやってるんでしょ、好きに弾いてみて」と言われ、ピアノに向かうも何も弾けない、一音だって弾けない、という状態に陥ったことがありました。みんな不思議に見てる。「何でもいいんだよ、本当に何でも」って声かけてくれる。けれど本当に何を弾いていいのか全くわかりませんでした。大きなショックを受けました。もうそのころはドクターにも入ってたのでいわゆる難曲も弾けるようになっていた頃。それなのに、「何か好きに弾いてみて」と言われ、一音も弾けないなんて。
なぜ弾けないのか、その時は全くわかりませんでした。楽譜があり、何ヶ月も必死に練習すれば曲は弾けるようになる。けれど、即興が全くできない。それってどういうことなんだろうか、と長いこと悩み、辛い思いをしていました。今思えば音楽をやる上で当たり前のことが、その頃は全く理解できていなかったのです。弾く前に頭の中で鳴る音の存在について知ったのはこの後また大分経ってからでした。
みなさんは楽器を弾く時、歌う時、音を出す前に頭の中にその音が存在しますか。今まさに出そうとしているその音がまずは頭の中で鳴っていますか。私は何も考えずにそれができるのが右手のメロディーのみだったのです。右手のメロディーの下の音、つまりハーモニーを奏でている部分は、なんとなくできちんと一音一音聞こえていませんでした。
私は絶対音感を持っているのですが(最近はこれに頼らないようにしているので、大分柔軟になってきました)おかげで相対音感がほとんど育っていなかったのです。相対音感は音と音の間を感じるとでもいいましょうか。絶対音感に比べてとても抽象的なので、私は何のことだかさっぱりわからませんでした。もちろん絶対音感を使ってインターバルとかはすぐに言い当ててましたし、聴音も大抵のもの(簡単なものばかりでしたので)は抜群に速く的確に答えられたので、ミュージックセオリーの授業はいつもA。まさか自分の音感が悪いなんて思ってもいませんでした。
それを克服するべく、私の長い長い博士論文の研究が始まりました。
つづく。