住野よる著 kindle


初めて電子書籍で読んだのがこの本。

紙で読むより目がすべると思ったのは一瞬で、物語に入り込むのに少し時間はかかったけど
違和感は特になかった。

けれど読み直しが好きなページを簡単にめくるわけにはいかないのが、なんとも。
慣れの問題なんだろうけど。



その世界観に入り込むのに時間がかかったのは、私が物語の人物たちと年齢がぐん、と
離れてしまっているからだろう。

時々、親目線で読んでいる自分がいる。



先の見えている寿命。
人とかかわりを避けている男子と、関わり合いがあってこその女子。


「命」の先が見えているからこそ、感じたり思ったり行動したり。
流されたと思っていても。


全部、自分で選んできたから今ここにいる。


命の時間関係なく。

読んでいる人間の年齢も関係なく。




命は残酷で力強く、そしてまばゆい。

青春小説でいて、「命」そのものの物語。



最後の最期まで生きた彼女の、残したものが繋がって思いが確実に届いて。



寂しいのに楽しい。彼女そのものの、物語。
レンタル鑑賞



何の予備知識もなく、なんとなくダンナが借りたのを見始めた。
R指定があったのでただ単にグロいのかと、あんまりなら途中でやめようと思っていたら、
最後まで止めることなく見終えた。

実話に基づく映画だという。
アフガニスタンでのネイビーシールズが行った「レッドウィング作戦」


実際、日本で平和に暮らしているところから、アフガニスタンという戦争地は遠い。
テレビの画面を見ても、遠い。
だから民間人を巻き込まないための交戦規程なんかがあることすら知らなかった。

戦争はともかく、協定で決められた「正しいこと」が後の作戦失敗の引き金となった。

その後はたった4人と数え切れないタリバン兵士との戦い。

壮絶とも、悲惨だとも、愚かだとも、言えない。
「グロい」なんて言葉も出てこなかった。

一人、一人と、減ってゆく仲間。
助かるのだと思えた仲間の救援ヘリも空しく落ちてしまって。

たった一人命を落とさず一晩を乗り越えたマーカス隊員は、森の中でアフガンの村人に出会う。
敵なのだと警戒するも、彼らはパシュトゥーン族で、逃げている人を全力で助ける(少しうろ覚え)という教えを守ってきた部族で、映画の中で文字通りマーカスを全力で助ける。

ここでもタリバン兵と、パシュトゥーン族との戦いが描かれていたのですが。
(事実では争いはなかったそうですが)

ここで私は「戦争とは愚かだ」と感じた。
直接彼らは戦う理由はなかったはず。アメリカ兵を助けたからそこに争う理由が出来て。
じゃあ、なぜアメリカ兵はここにいるのかと、それを思うと。

助からなかった3人は殉職だ。
映画のラストでは役者だけでなく、本当の彼らが生きていたころの写真が流れた。
家族と、恋人と、大切な仲間たちとの生きていた姿。

でもきっと、タリバン兵にだって大切な人たちはいるはずで。
争いのためだけに生を受けたわけじゃないのに。

そう思うのは平和なここで生活しているからなんだろうか。

アフガンでは戦うことが必然なんだろうか。


アメリカだけが正義なんだと、思わせる映画ではなかったと思う。
実話の重みだけじゃなく、どの正義も間違ってはない。
ただ、受け入れなくても否定しないだけでも、回避はできないんだろうか。

重い、考えさせられるでもない、心に残る映画だった。
著:村山由佳


冬休み、図書館へ行くのを忘れていて新たな本が手元にない。
子どもが本を読むのが好きじゃないけど、宿題で読まなきゃいけない。
隣でケイタイを触っているより、隣で本を開いているほうがマシだろうと、本棚をあさって既読済みだがもう一度読もうと取り出した本。


(たぶん)この一冊前に発刊されたのは、トリプル受賞の「ダブルファンタジー」
その性の強烈さに魅かれながらも、その後に読んだこの本は静かで、綺麗で悲しかった。


文字で表される、ひとの名前がこうも哀しく、切なく、狂おしく響いて、読んでいるこちらの人間に届く。

「アマネ」

その名前がどれだけ愛おしかったのか。
どれだけ失ってそれが哀しいのか。
どれだけ喪失感があるのか。

その名前一つ、一言がとても、重い。

サハラの砂漠で遺灰を撒く。
堪らず呼んだ名前を呼ぶ事が、本当の旅の目的で終わりだったのじゃないかと思ったほどに。

2009年発刊当時に読んだ時も、この名前を叫んだシーンが印象的だった。
今読んだ感想もまた同じで。


長い旅路の話であるのに、ただ一人の名前。

その名前がこんなにも響く物語を私は知らない。