葛飾北斎(1760~1849)の最も有名な浮世絵「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」の特別展が「すみだ北斎美術館」(墨田区亀沢2)で開かれています。7月3日から発行される新紙幣の千円札に図版が採用されるのに合わせたものです。

 北斎は、90年の生涯に90回以上引っ越しましたが、そのうち9割ほど住んだのが墨田区(当時の本所)です。同美術館の建設には私も関与しました。

 

 浮世絵はモネやゴッホなど印象派の画家に大きな影響を与えたほか、現代も欧米にファンが多いのですが、この作品は「グレートウェーブ」と呼ばれていて人気が高いことにちなみ、特別展のタイトルは「北斎グレートウェーブ・インパクト―神奈川沖浪裏の誕生と軌跡―」(8月25日まで)

としています。

 

 この「浪裏」は北斎が「冨嶽三十六景」のシリーズの一作として70代前半の時に描いたもの。特別展では刷りの異なる絵が2枚飾られています。

 

 題名は現在の横浜市神奈川区にあった東海道の宿場「神奈川宿」の沖合を意味します。波間の三艘の船は江戸周辺で獲れた鮮魚を江戸に送る高速船の押送船(おしおくりぶね)です。

特徴的な波の色は、天然の藍のほか、プルシアンブルーあるいはベロ藍と呼ばれるドイツ(当時はプロシア)のベルリンで製造された化学染料も用いられていること、「浪裏」の製作(1830年頃)より前の18世紀後半には、すでに輸入されていて北斎以外の浮世絵師もかなり使っていたことが、私にとっては印象的な発見でした。オランダ→長崎→江戸というルートだったと考えられますが、「江戸時代は経済的には鎖国とはいえない」という最近の学説の証左のひとつでしょう。

 

 北斎が描いた冨士山と海の他の作品も「柳の糸 江島春望」「賀奈川沖本杢之図」「冨嶽百景二編 海上の不二」「波壽図」などが展示されています。「波壽図」は北斎88歳の頃の絵というから、感嘆の一言に尽きます。

 

 北斎は自分の弟子たちにグレートウェーブを描かせたほか、歌川広重、歌川国芳、歌川芳員、月岡芳年などが「浪裏」から影響を受けた作品も10点以上、展示されています。

 

 この絵のデザイン性は現代にも通用します。

現代美術家の福田美蘭や漫画家のしりあがり寿(ことぶき)が「神奈川沖浪裏」をパロディ化した絵も展示。レゴブロックやルービックキューブ、BE@RBRICKで「浪裏」を制作した作品もあります。

 

 何しろ描かれて200年近く経ちますから、著作権も何も無関係に使いたい放題。ゆえに冨嶽三十六景が各種商品のパッケージなどに「そのまま」使われたり、デザイン化したものが使われています。

永谷園の「お茶漬け海苔」、昭和の時代には「ハイライト」(たばこ)の輸出向け商品、Zippo社(米国)のライター。墨田区に本社のあるアサヒビールは平成の時代に景品用のグラスに用い、令和に入って発売した国産原料100%限定醸造の缶ビール「アサヒ冨士山」にも使っています。カルビーは、すみだ北斎美術館監修で「凱風快晴」(「赤富士」とも呼ばれる)など北斎の絵をパッケージに用いたポテトチップスを販売しています。

 

 公的なものとしては、2020年から日本のパスポートにも印刷されています。富士山も登場し、「日本を代表する絵」ということでしょう。

国内で「浪裏」の図画で記念切手がたびたび発行されているのはもちろんのこと、アフリカのウガンダ共和国が切手のデザインに使ったり、「世界の美術館傑作記念コイン」として、2020年に200ユーロ金貨が発行されたり、海外各地で活用されているようです。

7月7日投開票の東京都知事選挙の墨田区オリジナル投票済証として、「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」がデザインされています。本の「しおり」として使えます。