先制点を取り、同点になってからのPK負け。ああ無念。

 

 しかし、汗いっぱいにピッチを駆け回るの選手たちの表情を見ながら、「小さい頃からサッカー、サッカー漬けで仲間との競争に勝ち、留学したり、そして今はヨーロッパのプロチームで活躍して・・・。『若者が内向き志向になった』なんていう言葉は彼らには全く当てはまらないなぁ」と、たくましい日本の青年に感動したのです。

 

2002年、日韓共催となったW杯に合わせて、国会議員サッカーチームの一員として、韓国、ロシア、英国の国会議員チームとの試合に参加したことを思い出しました。

 私はまだ1回生議員。超党派のチームでしたが、自民党の先輩である逢沢一郎主将や、衛藤征士郎監督に激しく勧誘されたのです。韓国戦は衛藤監督の地元近くの大分スポーツ公園総合競技場で、英国チーム、ロシアチームとは東京の国立競技場で戦いました。

 サッカーのルールも知らなかった私に声がかかったのは、韓国戦の際、(ハンディを考えて)一方のチームに女性議員が出場しているタイムには、もう一方のチームも女性が出ていることという条件をつけたので、重宝がられたのです。

 まだ女性議員の少ない時代でした。同じ1回生の西川京子衆議院議員(自民)や、「若手」だった畑野君枝参議院議員(当時。共産)らと一緒に、大分競技場を駆け回った記憶があります。スポーツ店を走り回って女性用のウェア、シューズ、サポーター、ロングソックスを探しました。

 

 

 大村秀章 現愛知県知事、髙木毅国対委員長も熱心に参加。

 

 国立競技場では小池百合子 現東京都知事、元体操選手で1964年東京オリンピック出場の故・小野清子参議院議員も記念写真に一緒に収まっています。

 

 私は背番号に選挙区の「14」を選びました。

 

 今も我が家のたんすには、当時着用したユニフォームを大切にしまっています。