脆い心との闘い:強迫性障害の恐怖 | 本当に笑いたい時だけ笑えばいい:ミニマムに生きる

昨年の12月19日から、このブログが書けていませんでした。

年末の忙しさもありましたが、12月28日からは、私が初めて心を患った以来の症状に襲われていたためです。

 

持ち直しから19日が経ち、やっと記せる状態になりました。記しておきたいと思うようになりました。

2017年にここに「生きづらい生き方」を記していくと決めてから、もし同じ状況の方がいるのであれば、と記しています。

 

正直、ここ数年私の状態はかなり安定していました。

もう治ったかもしれないと思うくらいに。そして、薬を飲み忘れることもあるくらいに。

それが災いとなりました。

 

薬を飲まないと日常生活を送れない人間が薬を忘れて出かけてしまった。

その後、起きたことは正直、説明ができません。

 

ただ、言えるのは、記憶が薄れ、手が震え、体温調節ができなくなり、

何も手に付かず、何も食べられず、じっとしていることもできず、眠ることもできず、

すべてを失うことを覚悟しました。

気を紛らわすために、大晦日の昼間、誰もいない公園でブランコに乗っていました。

完全に危ない人です。

 

薬は保険の意味もありますが、私を落ち着けてくれるものです。

強迫性障害からの不安障害が、層を作るように積もっていき、波を起こすように襲いかかりました。

 

精神科はかかりつけ制になっており、紹介状なしでの初診は基本できません。

年末ということもあり、病院に医師がいない場所も多く、緊急外来の電話も通じず。

 

一度は、これを乗り切って前に進もうと決めましたが、無理でした。

折れました。身体の震えが止まらず緊急搬送されました。

そこで、やっと薬を処方してもらいました。

25年以上の付き合いの病気なので、自分を分析できてしまうことも、

自分に負荷をかけているのだと知りました。

 

そして、治りつつあると思い込んでいた自分。

また、墜ちた。

ただ、この経験を前向きに使いたい。

かかりつけ制は、良い制度ではあるけれど、緊急時の対応はほしい、

そんな活動ができたら、と初めて思いました。

 

症状が良くなれば忘れることもあります。

また、薬を飲まないので良いのであれば、飲まずにいたい、と思うものです。

 

2019年12月31日、自分の脆さを知り、2020年になった瞬間は病院からの帰りのタクシーでした。

家族がいて良かった。

救ってくれた方がいて良かった。

戻ってこれて良かった。

 

恐れだけど恐れにならないように。

 

病気自慢と思う方もいるかもしれませんが、緊急時の保険が緊急搬送以外にあったらと、思います。

 

年明けから、少しずつ改善し、何度か危うかったけれど、今はこの文章が書けるようになりました。

ただ、自分に制限をつけることができず、何も食べられなかった反動で、食欲を許したため2週間で5Kg体重が増えました。

 

ここからは心の健康と共に、身体の健康を取り戻していきます。

一時は、もう東京に戻れないかと思ったあの時間を、忘れたいけれど、忘れてはいけない。

 

今、ここに居られる奇跡に最大限の感謝を。