本当に笑いたい時だけ笑えばいい:ミニマムに生きる
作詞家・SDGsライター・音楽ライター・ビジネス系ライター・コミュニティ運営・広報・講師
広報ウーマンネットという広報・PRの女性のコミュニティを運営しています。
人と会っているときは、悩みのないような爛漫さですが、
実は、ずっと心療内科にお世話になっています。
そんな日々を20年以上経って書くことができました。
カテゴリの「生きづらい日々」に書いています。
今は、「本当に笑いたい時だけ笑えばいい」をテーマに書いています。


気づけば、2023年になっていました。

で、1月22日は、ある記念日、ということにさっき気づきました。そして、今年はそれを手放す年ということにも。

 

年頭に、今年の流れを確認していただきました。

まだまだ手放し続くそうです。自分でも気づいていないモノ。形あるものだけでなくいろいろ。これ、テンション爆上がり。

あとは、クリエイティブなことが来るらしい。

出会いは、以前の知り合いの復活も。

 

私の記憶に残っているのは、こういうことです。

自分で新たに始めたことで心がかなり穏やかで、以前みたいな“ねばならない”とか、“じゃなきゃ”みたいなものが緩んだ感じです。

 

心配ごとが解決することで、スムーズに動けるようになるかな、とか。

苦手な部分を人と手を組むことで得意なことに注力できるかな、とか。

 

餅は餅屋。

 

だって苦手なんだもん。だってできないんだもん。

10代、20代じゃないから、これ言ってもいいかな。

 

これまでなんでも一人でしようとして、手にできたものもあるけれど、結局諦めたものもある。

誰かとだったらきっと進めたこともあるんだろうね。

 

だから、ここで一掃。

 

2023年。未知でしかないのは、生きる人すべて同じ。

それをどう自分の視点で楽しむのか。



人はないものにフォーカスしてしまう。持っているものは、それが自分にとって当たり前だから。見ることもない。

前世では、声がでない人だったと言われたことがある。声を持たないけれど人を纏めていたと。

それを聞いたとき、今世で声を与えていただいたことに本当に感謝した。

同時に、我儘はよそうと思った。

 

私の我儘は、歌う声を欲しがっていたことだ。もちろん今もほしい。何度もボイトレに行った。

しかし、手に入らない。

 

作詞家という職業に出会ったのに、歌えない。

 

 

10代の頃から、中島みゆきさんの歌が好きだ。彼女がオールナイトニッポンをやっていた頃、欠かさず聞いていた。

社会人になった日(入社式の日)は3月末の月曜日で、彼女のオールナイトニッポンの最終回だった。

予想しなかった配属先に、退職願ってどうやって書くんだろう? と考えながらラジオを聞いていた。

もしかしたら泣いていたかもしれない。20歳だった私。

 

10代の頃、大好きだったのは「時刻表」。今も好き。

“街頭インタビューに答えて、私優しい人がすきよ、と優しくなれない女たちは答える”

便利になった今も、「中島みゆき 時刻表 YouTube」と検索しても本人の声の歌は聴けないけれど。

アルバム『寒水魚』が、私のなかの彼女との出会いだった。

1982年3月21日リリース。中学生から高校生になるタイミングだったんだ。

 

今クールのドラマ『PICU』の主題歌は、彼女の「倶に」。

“手すりのない橋を全力で走る 怖いのは足元の峡谷を見るせいだ”

歌えないからつぶやいた。

手すりがなくても そこが峡谷だと知らなければ、全力走るのはたやすいことだ。

なんて思いながら。

 

「B.G.M.」を探していたら、「夜曲」に出会った。

アレンジが松任谷正隆さんだということに少し驚いた。

そして、昔の歌は前奏が長く、世界へいざなってくれる。

 

今週末は雪が降るようだ。



 



加湿器を稼働しました。12月、寒くなりましたね~。

 

先日書いた、未来への「たら、れば」は、夢の実現かもしれない、について。実践しました。そんなに大きなことではないのですが、この10日ばかり、あることを学んでおりました。YouTubeのみで。

特定の方の動画を集中して見るのではなく、いろんな方のものを見ていたら、10日ほどでけっこう理解できるようになりまして、自分でも驚いております。

 

これを学ぶセミナーは世の中にたくさんあり、実際に学ばれている方もおり。ただ、今回はYouTubeだけでやってみようと決め、本も買わず、ひたすら視聴しました。ノートにまとめた方が良いのかとも思ってノートは買ったのですが、これは自分の中に残るものを大切にしようと、今のところノートも作らず。脳の赴くままに。

 

で、気づいたのは、夢中になると未来への「たら、れば」は実現可能だということ。小さいけれど、成功体験を手にしました。何かは、秘密でございます。

 

約10日前にやろうと決めて気づいたら、あの動画もこの動画も見たいという気持ちが溢れて、連続してみていたらこうなっていたという。以前は全く分からなかったことが、理解できるじゃん!って。

ということで、もうひとつやりたいことがあるので、それも未来への「たら、れば」作戦を始めようかと。

 

もちろん10日ですべてを得たわけではなく、まだまだ学びは続きますが、自力(YouTube)でできるじゃんの体験。もうひとつの方は、たぶん年退位でかかりそうですが、とことんやってみようかと。ただ、こればっかりは自分がいかに夢中になれか次第です。

 

桜の咲く頃、どんな自分がいるのか? ちょっと楽しみ。



最近、いろんなことがもっとゆっくりで良いんじゃないかな? と思っています。
そんなとき、丸井の22店舗中17店舗が来年の初売りを4日にするというニュースを見ました。コロナの影響もあるようですが、24時間営業や年末年始も休まず営業というのは、必要なのかなって個人的に思っていて。変わっていくのかなとも思っています。いや、戻っていくという感覚です。

年末年始の営業。営業しているから人が集まるですよね。営業していなかったら、きっと人は他のことを考えます。まさに不要不急。家族との時間をもっと大切にするかもしれないし。

 

個人的には、コロナ禍は31日まで働き元旦から働いていました(そういう仕事をしていたので)が、2022~2023年はお休みします。

ITベンチャーで働いた経験が私の仕事に対する意識を変え、それまでの自分だったら気づかない、そんな場所があることさえ知らない景色をたくさん見せてくれました。その分、自分に負荷もかけたし無理もしました。ただ本当に楽しかった。そして、その世界を知らなければ出会えなかった素敵な人たちと出会うことができました。これは私の宝です。

 

ただ、その働き方を続ける必要はない、その在り方を続ける必要がないことに気づいた2022年です。以前の自分との比較を辞めよう、が最近のテーマで。前はあんなに頑張ってたのにと自分を責めることを辞めました。だって、あの頃と今は考えていることや思い、願いも違うから。そして、ある意味やり切ったから。

 

いくつかことを徐々に辞めて、いくつか場を徐々に閉じて、今の自分が求めることに耳を傾けています。そして、ふと出会ったことにちょっと夢中になっています。仕事にするのか、趣味なのか、そもそも続くのか分からないので、お金はかけず。毎日、少しずつ学んで。

実はそんなことが2つあるんです。これまで思いをよらなかったことと、これまでも考えたけれど挫折したこと。5年後どうなっているんだろうね。始めたことさえ忘れている可能性もあるけれど。ふと手の中に落ちてきたことを、やってみたら楽しくて、が今の状況。それもありなん。

 

そして、間もなく3年になる続けてきたあることは、3年をもって別のことに変えようかとも思っています。もう満足。急激に変えなくても、費やす時間を減らすとかね。こちらもほかに興味あることがあって、そっちに移動しようかと。

 

実は、手放したなかには、毎日書いていたことや調べていたこともあります。もう十分って思ったんです。手放す前に頻度は減っていたんだけど、私の癖で「前は頑張ってたのになんでできないの?」>自分 ってなってて。「いや、もうやりたくないんだよ」>自分

ってことに気づいて。満足したら終わってもいいことを許可しました。

 

あとは世代ですね。20~30代がした方が良いことを知識があるからといってやるのは時に老害だし、40代の振りをしてやるのも恰好悪いしね。抗うことって以外と恥ずかしいときもあるんです。

受け入れることの方が難しいし。それでも、受け入れてその場で咲く。

その花の方が、若ぶって咲く花よりもうんと綺麗。

そんな風に感じます。

 

どんな花が咲くかは分からないけれど。今はスピードを緩め、景色を楽しみながら、詰め込まない日々を暖かく過ごしています。



暖かい飲み物を飲みながら仕事をする季節。勤め人ではないので、仕事をする場所は自由。仕方も自由、時間も自由。自由すぎて、基準がない。

会社勤めから、個人事業主やフリーランスに変わった方は、きっとどんな風に仕事すればよいのか? で悩むことがあると思います。私自身は、フリーランスになってすぐの頃、若かったこともありおそらく会社員時代よりも楽し苦しくも多くの時間を仕事に費やしとてもエンジョイしていました。

 

その記憶があるせいか、仕事をしない自分が許せないと思っていたよう。そんなことにも気づかない自分。先日、病院で「しばらくいただいている仕事を丁寧にやることに集中しようと思います」と伝えました。積極的に営業しないということです。思えば、社会人になってから、自分営業の連続でそれが当たり前になっていました。だから、営業しない自分はダメな自分と決めつけて。頑張らない、努力しない自分は存在する意味がないと思ってました。

 

だけど、ずっとそんな時期が続くわけもなく、時々は休まないとね。もちろん食べていくためにお金は必要だけど、それ以前の問題で存在するために必要なことがあった、ということです。

 

世の中は、大手テック企業の解雇で「Quiet Quitting」という言葉が言われているけれど、タイプ的に企業に所属することは苦手だし、企業に所属していたときは給与以上のことを無意識にしてしまうタイプだった。

 

「Quiet Quitting」とはタイプが違うけれど、言葉のなかにある「そこそこに働く」は、意識したい。今の私には必要かもな~と。それでも良いって、自分に言い聞かせて。

 

部屋の中にゆっくりできる場所を追加で作りました。本棚を処分してソファの代わりにマットレスをいれました。仕事の椅子にもなるし、横にもなれる。夜はそこで眠らないけれど、仕事の合間にちょっと休める。そんな場所。それでも良いかな~と。

 

頑張りたいことやときは頑張るけれど、気持ちが乗らないこともある。常にMAXでなんていられないし。SNSには多くの方のMAX状態が並んでいて、自分のひたすら責めるので本気で離れたいとも思ってます。Twitterもどうなるかだしね。Twitterが有料になったらどうなるんだろう?って考えてます。もちろんそこが大切な居場所の方もいるから、とても大変なことだけど。

 

世の中、急いで便利になりすぎた。この30年で急に変わった環境に実は、人間の心が追いついていないのかもしれない。そして、作られたサービスを使うほど、人が成熟していないのかもしれない。と思うようになりました。