最近、気がついたことがあります。
私は、相当悲観的になったなあ。🙄

って。

今働いている会社には2003年に入りました。
そこから3度の合併統合でその都度社名も変遷。

過去の話を同僚にすると、私の口からは大変だったとしか出てこない。
自分で話しても相手の方は聞きにくいだろうなと思ってました。

何が大変だったというと、システムも人間関係も最初はもちろんうまく行かず。

旧の同じ会社員同士がどうしても固まる。妙な結束感。
同じ部署でも壁が厚いグルーブができる。

仕事がやりにくすぎる。

これは時が解決するのを待つしかないですね。

最後の合併が一番しんどかった。部署に事務方が、事情で私一人しか旧会社から行かなかったこと。

合併のせいで、急な社員激増に事務処理がてんてこ舞いで。

事務のお作法も微妙に違うし。

障がい者雇用も始めての経営陣らしく、何をさせたら良いかで戸惑っていたせいか😧

忙しさのせいか、混乱しているせいか、私は3ヶ月くらい仕事がなかったこと。

旧の同じ部署にいた方が1人でもいたら、私に何が出来るか助言でもしてくれていたかもしれないけれど。

仕方なく毎日会社の就業規則などを読みまくっておりました。

これが一番きつかった。50歳でした。
何度も仕事くださいというも。らちが明かず。

経理を個人的に勉強に行ったり。ポツポツ自己アピールをしたりして、担当を勝ち取ったぜ‼️😅と。

ここはご満悦。


そのうち主人の病やら。
その前にもね、家計のストレスはあったのだけど。加わったね。
この病、これも果てしないストレスでありました。経験のない方には理解できないかも。


重ねて私の病やら、体調不良で。いつも身体にストレスが加わり続ける感覚。

ストレスマックスが続いて。私は必要以上にマイナス思考になったかも。

口から出る言葉、うかぶ言葉が悲観的。


う~む、さすがにこれは人生がもったいない気がすると。
思い始めました。

思い出すのは、私の若い時の上司が話をするときにいつも悲観的だったこと。

あと母もそうだった。

どうせうまく行かない的な。
実際それが正解ってのもあるだろうけど。若者だったから私も。

ああなるほど、経験した人生がストレスたくさんだったんだなあと。

今は深く理解できるようになりました。

ここから、 また自分を取り戻す努力をせねば。

無理はしないけど。意識して大変だったと言うところをよい経験と言い方を変えていけたらいいな。

できるだけ❗️

そうできるだけ。

会社員人生も出来てあと4年と少し。

できるだけ心地好く過ごそう。

お読み下さりありがとうございました。