長年生きてると知りたくない事実も知ってしまうことも多々ある、

特にネットができてからはそれが多すぎる。

 

スーパー戦隊シリーズ最新作『ナンバーワン戦隊ゴジュウジャー』
11月16日に放送予定の第38話「ジャッジメント・リングハンター」のあらすじが

解禁するまでが諸般の事情で遅れていた。
その事情がその今森茉耶の不倫&飲酒事件なのだが、
近年チラ見でも目にはしていた戦隊枠を見ていて、

あんな形で今森が途中降板するのは残念至極である。

これの事件前に戦隊シリーズが関連玩具の売上げ減などを理由に

終了するというニュースを知り、困惑していた中だったので
あの追い打ちは不倫は無理でもなんとかもみ消すことははできなかったのだろうか?

世間や関係者にとっては
「一般視聴者にはどうでもよくても、スポンサーにはどうでも良くない話だし
むしろ離れてしまったら存続にかかわるから」と
某巨大掲示板実況で返されてしまったことがある。
だが、私にとっては人の不倫なんて正直どうでもいいし、
なんとかやりすごして彼女を降板させないでほしかった。
 

※11月21日追記 

あれが原因で第37話で次回予告がカット、
先日拝見した第38話もフォーマットがかなり変則的にされ、

暗雲が立ち込めていた。
既に代役は志田こはくに決まっているとはいえ、

「ドンブラザーズ」に出演していた方だったのでその違和感がないよう、

第40話でどういう設定で登場するのかの説明がないと無理が出てくるだろう。
次週11月23日は総集編となっているが、おそらく収録済みの編集をして

つじつまを合わすためのつなぎなのだろうけど、

あまりに苦しい。予定が狂ってしまっている。
決まっている予定を今森のせいで再編集は編集スタッフが気の毒だ。
ほとぼりが冷めたら本来放送する予定だったものを何らかの形で
見せてほしいものだが・・・

せっかくのスーパー戦隊50周年をこんな形で汚してほしくなかった

番組開始から半年が経った。

パイロット版から知っている私としては、

始めは「こどもうたまつり」のように年数回程度でやるのかと思いきや、

帯でやると知った時「本当に週5で大丈夫なのか」と疑問になったくらいだ。

 

Eテレの朝枠はかつては「シャキーン!」だったり、

最近だと「オハ!よ~いどん」(2025年4月以降は毎週土7に枠移動)を放送していたが

今回の「ザ・ウェイキー・ショウ(The Wakey Show)」は20分枠だったので、

長すぎるのではと思ったが、その辺はパイロットの時点でもう固まっていたのが

NHKの本気度を感じた。

その本気は悪いわけではないが、その分再放送週や「ベストセレクション」で穴埋めしているのが

気になってしまう、いくら年間放送規定回数が決まっているとはいっても。


出演者のほとんどは歌業や俳優をされている芸能人で、

特にウェイキーの演者と演技は幹葉(スピラ・スピカ)だから

どれだけ演技力があるのか気になって見たら意外と標準アクセントで演技できていた。

というのは、普段の彼女は関西人ぶったような話し方(阿波弁)なので、

その気になれば普通に標準語を話せるんだと感心した。

 

そこでNHKにお願いをしたい、

 

個人的には「若葉ちゃん」キャラと普段の話し方が好きじゃないので

「日頃の行いが物を言う」という意味ではこれからも標準アクセントで話すことを

大事にしろと躾してほしいものだ。

というのは、スピラ・スピカが3人バンドとしてラジオなどに出始めたころから

ずっと思っていたことであって、訛りが強すぎる方が苦手なのだ。

直さない方の悪い特徴として、

あの手の方たちは「故郷を大事にしたいから」とか「方言(訛り)は文化」だと思って残す方がいるようだが

どうもそういう人が苦手でしょうがない。訛りたいのならばオフレコで話せばいいものであって、

公共の電波で話すものではない。

もちろん、ドラマとかお芝居とか役で訛るのならば別に気にならないけど、

普段の話し方で訛り丸出しで話す方はどうなのか。私は決していい気分はしていない。

言い方(書き方)は悪いが彼女はどうも「クスリをやってるんじゃないか」と思うような

話し方にしか聞こえなくて好かない。

だから「ウェイキー」のスタッフや局、事務所からは厳しく

幹葉には言っていただきたいということなのだ。

 

阿波弁キャラはウケないということをNHK(のプロデューサーなどの関係者たち)は教えるべきだ。

自分は先ほどNHKメールフォームにご意見をしたので

みなさんもやってもらいたい。

以前放送された「アクタ共和国編再構成」の違和感時

(第131回~第137回でカットされた「ジプシー」というワード)から

ずっと思ってたので

NHKに問い合わせたことがあったが、

 

『NHKの番組をご視聴いただき、ありがとうございます。
お問い合わせの件についてご連絡いたします。

 【おとなのEテレタイムマシン】「プリンプリン物語 アクタ共和国編」 

第131回~第132回、第133回~第135回、第136回~第137回は、

それぞれ元の番組の2本または3本を

再構成して1本にしたものです。

番組では表記・表現を可能な限り1979年の放送当時のままにしていますが、

第131回~第137回については現在では放送にふさわしくない不適切な表現があり、

一部を削除せざるをえませんでした。

放送時間の制約もあり、放送可能な部分を編集して再構成し放送します。

何卒、ご理解を賜りますようお願い申しあげます。

今後とも、NHKをご支援いただきますようお願いいたします。
お便りありがとうございました。

NHKふれあいセンター(放送)』

 

とそんな回答が返ってきた。

 

返信には明確には書かれていなかったものの、ジプシー問題についてのことは

遠回しに局は認めていた。

だが、

 

一体何のために

番組関係者や視聴者の皆様から家庭用ビデオで

録画されていた映像を

提供してもらったのか?

 

あれでは視聴者は納得しないはず


9月8日の第144回・第145回で「ジプシーのうた」が流れていたが、

あれは後半部分の歌唱時だったので放送で使えると判断され再放送されたが、

当時を知っていた方にとってはやはりあの歌は中途半端だったそうだ。

好きな歌なのでフルで聴きたいのに現在の放送にふさわしくないという理由で

不適切な表現(時代に合わない)で削除されるのは、

それこそNHKとして間違っているのではないか?


あれだけいつもオープニング曲が終わる前に

「表記・表現は時代背景や作者の意図を考慮し可能な限り当時のまま」と

毎週お断りのテロップをあれだけ使っているのならば、
 

この番組には配慮すべき用語が使われておりますが

作品の歴史的価値に鑑み、そのまま放送させていただきます

 

と入れて処理すれば何の問題もないはずではないか?
一体何のための再放送なのか?

「ジプシー」という言葉は差別的にではなく、流浪のなかで育まれた歌や踊りなど、

その文化のもつ力強さを表現したい場合もあるはず。
もちろん、差別的にあるいは悪いものや劣ったものの比喩として

使用することは避けるべきだが、

発掘された貴重な映像をどうしても「ジプシー」という言葉のもつ歴史性・社会性が

“ロマ” を含めて他の呼称と換えがたい場合は4:3外の左サイドパネルに注釈と解説なりを付して

放送すべきなのに、NHKの基準は厳しすぎる

 

こんなことをしているから「どーもくん」の時みたいに平気でカットするんだな

 

似顔絵コーナーもそうだが古い番組で当時の投稿者の連絡先が分からなくて

許可取りが難しいという理由から当時のまま放送できず、

妥協点が名前を伏せた上での放送だった

 

嫌な世の中になってしまった