以前放送された「アクタ共和国編再構成」の違和感時
(第131回~第137回でカットされた「ジプシー」というワード)から
ずっと思ってたので
NHKに問い合わせたことがあったが、
『NHKの番組をご視聴いただき、ありがとうございます。
お問い合わせの件についてご連絡いたします。
【おとなのEテレタイムマシン】「プリンプリン物語 アクタ共和国編」
第131回~第132回、第133回~第135回、第136回~第137回は、
それぞれ元の番組の2本または3本を
再構成して1本にしたものです。
番組では表記・表現を可能な限り1979年の放送当時のままにしていますが、
第131回~第137回については現在では放送にふさわしくない不適切な表現があり、
一部を削除せざるをえませんでした。
放送時間の制約もあり、放送可能な部分を編集して再構成し放送します。
何卒、ご理解を賜りますようお願い申しあげます。
今後とも、NHKをご支援いただきますようお願いいたします。
お便りありがとうございました。
NHKふれあいセンター(放送)』
とそんな回答が返ってきた。
返信には明確には書かれていなかったものの、ジプシー問題についてのことは
遠回しに局は認めていた。
だが、
一体何のために
番組関係者や視聴者の皆様から家庭用ビデオで
録画されていた映像を
提供してもらったのか?
あれでは視聴者は納得しないはず
9月8日の第144回・第145回で「ジプシーのうた」が流れていたが、
あれは後半部分の歌唱時だったので放送で使えると判断され再放送されたが、
当時を知っていた方にとってはやはりあの歌は中途半端だったそうだ。
好きな歌なのでフルで聴きたいのに現在の放送にふさわしくないという理由で
不適切な表現(時代に合わない)で削除されるのは、
それこそNHKとして間違っているのではないか?
あれだけいつもオープニング曲が終わる前に
「表記・表現は時代背景や作者の意図を考慮し可能な限り当時のまま」と
毎週お断りのテロップをあれだけ使っているのならば、
「この番組には配慮すべき用語が使われておりますが
作品の歴史的価値に鑑み、そのまま放送させていただきます」
と入れて処理すれば何の問題もないはずではないか?
一体何のための再放送なのか?
「ジプシー」という言葉は差別的にではなく、流浪のなかで育まれた歌や踊りなど、
その文化のもつ力強さを表現したい場合もあるはず。
もちろん、差別的にあるいは悪いものや劣ったものの比喩として
使用することは避けるべきだが、
発掘された貴重な映像をどうしても「ジプシー」という言葉のもつ歴史性・社会性が
“ロマ” を含めて他の呼称と換えがたい場合は4:3外の左サイドパネルに注釈と解説なりを付して
放送すべきなのに、NHKの基準は厳しすぎる
こんなことをしているから「どーもくん」の時みたいに平気でカットするんだな
似顔絵コーナーもそうだが古い番組で当時の投稿者の連絡先が分からなくて
許可取りが難しいという理由から当時のまま放送できず、
妥協点が名前を伏せた上での放送だった
嫌な世の中になってしまった