私はドラマや映画を観るのが好きです。

このブログでも、ドラマや映画について書くことがよくあります。

 

「いつそんなに観てるの?」と聞かれることがあります。

 

確かに、仕事をしながら何本ものドラマを観て、映画も観ているとなると、いつ観ているんだろうと思われるのかもしれません。

 

でも、意外と日々の生活の中に観られる時間はあります。

 

私は一人暮らしなので、毎日料理をします。

料理をしている時は、だいたい何かしらの作品を観ています。

あとはお風呂。

長湯する方なので、湯船に浸かりながら観ることもあります。

ご飯を食べながら。

メイクをしながら。

アイロンをかけながら。

何かものづくりをしながら。

移動中にだって観られます。

 

もちろん、一人だからこんな時間の使い方ができるということもあると思います。

そう考えると、私の日常にはドラマや映画が流れている時間が結構あります。

 

 

そしてもう一つ、よく言われることがあります。

「よくそんなに覚えてるね」

 

昔観た作品のセリフを覚えていたり、

「あの場面で、あの人がこんなことを言っていた」

ということを覚えていたりします。

 

セリフだけではありません。

その時の景色や、登場人物の立ち位置、表情まで、場面全体が映像のように残っていることもあります。

 

もちろん、覚えようと思って観ているわけではありません。

なのに、なぜか残っている。

 

なぜなんだろう?

 

改めて考えてみて、ひとつ思ったことがあります。

 

ドラマや映画って、人が考えていることが見えるんですよね。

現実の世界では、目の前にいる人が何を考えているのかはわかりません。

 

笑っているからといって、本当に嬉しいのかはわからない。

黙っている人が、怒っているのか、困っているのか、それとも何かを言いたいけれど言えないのかもわかりません。

 

「何を考えているんだろう?」

と想像することしかできません。

 

でも、ドラマや映画では違います。

セリフになったり、心の声になったり、その前後の場面が描かれたりすることで、

「この人は、こんなことを考えていたんだ」

「だから、こんな行動をしたんだ」

ということが見えることがあります。

 

もしかしたら私は、ドラマや映画を観ながら、

「人はこんな時、こんなことを感じることがある」

「こんな感情から、こんな行動をすることがある」

というものを、知らないうちに頭の中に保存してきたのかもしれません。

 

言ってみれば、「人の感情と行動の参考資料」のようなものです。

 

 

もちろん、現実の人を見ながら、

「あのドラマのあの人と同じだから、この人もこう思っているはず」

なんて考えているわけではありません。

 

むしろ逆です。

 

「こう思っているかもしれない」

「でも、こんな可能性もあるかもしれない」

「見えている行動とは違う感情があるのかもしれない」

 

そんなふうに、いくつもの可能性を考えるための材料になっているような気がします。

 

自分で意識してやっていることではないので、本当にそうなのかはわかりません。

ただ、ドラマや映画をたくさん観てきたことが、今の私の仕事や、人を見る時の視点に役立っていることは確かです。

 

好きで観てきただけなのに、いつの間にか頭の中にたくさんの「参考資料」が保存されていた。

自分の強みって、案外こんなふうに作られていくものなのかもしれません。

 

そうそう、先日

「そこまで詳しく知ってるなら仕事になるんじゃないの?」

なんて言われました。笑

自分の強みなら、それもアリなのかもしれないですね。

 

 

では、皆さんの明日に笑顔がありますように! 

 

【Vol.3055】