今日は、地元で行きつけの焼肉屋さんへ行ってきました。

帰省すると、かなりの確率で足を運ぶお店です。

 

 

 

 

今日はお盆ということもあって、お店は大忙し。

店長さんとも、ほとんどゆっくり話すことはできませんでした。

 

それでも不思議ですが、お店で過ごしていると、なんだか落ち着く。

もちろん自分の家ではないのですが、

「勝手知ったる我が家」

という言葉が、なんとなくしっくりきます。

 

行きつけのお店って、どうしてこんなに落ち着くのでしょう。

考えてみると、初めてのお店に行く時って、意外とたくさんのことを考えています。

 

どこに座ればいいんだろう。

どうやって注文するんだろう。

何がおいしいんだろう。

どんな店員さんなんだろう。

一つひとつは小さなことですが、初めての場所では分からないことだらけです。

 

でも、行きつけのお店では、そのほとんどを考える必要がありません。

 

お店の雰囲気も知っている。

店員さんも知っている。

メニューも知っている。

注文の仕方も知っている。

そして、どんな時間を過ごせるのかも、なんとなく分かっている。

 

「ここでは、こうしていればいい。」

 

それを頭ではなく、身体が知っているような感覚なのかもしれません。

行きつけのお店には、そんな”分かっている安心感”があるのだと思います。

 

そう、今日は普段はお店にいないオーナーさんも、途中で顔を出してくれました。

ほんのわずかな時間でしたが、少しお話をすることもできました。

 

長い時間話したわけでもない。

何か特別なサービスをしてもらったわけでもない。

それでも、

「気にかけてもらっているんだな。」

と感じられることが、やっぱり嬉しい。

 

お店にとっては、毎日たくさんのお客様が来ます。

お店から見ればその中の一人。

 

でも、お客様にとっては、

「自分のことを覚えていてくれた。」

「気にかけてくれていた。」

と感じられることは、とても大きなことだと思います。

 

行きつけのお店というと、

「顔を覚えてもらっている。」

「いつものですね、と言ってもらえる。」

そんな関係性を思い浮かべます。

 

もちろん、それも大きな理由のひとつ。

でも今日改めて思ったのは、

安心感というのは、その場で何か特別なことをしてもらうことで生まれるものではないということです。

 

これまで何度もその扉を開けて、

何度も同じ景色を見て、

何度も同じ人たちに会って、

何度もそこで食事をしてきた。

 

そんな一回一回の小さな経験が積み重なって、

「知らない場所」だったお店が、

いつの間にか「自分の知っている場所」になっていく。

 

そう考えると、お店にとって大切なのは、毎回お客様を感動させるような、特別なサービスだけではないと思うのです。

 

いつもの場所に、

いつもの人がいて、

いつものように迎えてくれて、

いつもの味がある。

 

そして、その中に時々、

「大切にされているな。」

と感じられる瞬間がある。

 

 

関係性は、何か特別な出来事によって突然できるものではなく、

何でもない「いつも通り」の積み重ねによって、少しずつ育っていくものなのだと思います。

 

「いつも通り」でいてくれる安心と、

「あなたをちゃんと見ていますよ」と感じられる嬉しさ。

 

その両方があるから、また行きたくなるのかもしれない。

 

そんなことを思いながら今日も楽しい時間を過ごすことができました。

また地元に帰ってきたら顔を出そうと思います。

 

 

 

では、皆さんの明日に笑顔がありますように!

 

【Vol.3010】