今日は夕方、新宿から高速バスに乗って実家へ帰省してきました。
地元に着いたのは、夜8時半頃。
バスを降りた瞬間、
「寒っ!」
思わずそう感じました。
もちろん真冬のような寒さではありません。
でも、半袖でいると肌寒いくらい。
東京での暑さに慣れているし、先週は猛暑日も続いていたし、何より先月地元が38℃、39℃になっていたこともあったので、その感覚のままバスを降りたら、あまりの違いにびっくりしました。
家に着いて家族に聞くと、ここ2日くらいはクーラーをつけずに寝ているとのこと。
いやいや、クーラーがいらないどころか、厚手のタオルケットを全身にかけて寝ないと、朝方寒くて目が覚めるんじゃないか。
そう思うくらいの涼しさでした。
先月帰省した時には、地元でも38℃まで気温が上がったと聞いて、
「昔は30℃を超えたら大騒ぎだったのに」
なんてブログに書いたばかり。
それが今日は、半袖では肌寒い。
同じ場所なのに、こんなにも違うものなんですね。
そして、ふと思いました。
人って、自分が身を置いているところが「基準」になることが多いのかもしれません。
ずっと暑い東京で過ごしていた私にとって、今日の地元の気温は「肌寒い」。
でも、ずっとここで過ごしている人なら、同じ気温でも感じ方は違うかもしれません。
これは気温だけの話ではないと思います。
仕事をしていても、
「これくらいはできて当たり前。」
「普通はこうするでしょう。」
「これくらい説明しなくても分かるよね。」
「お客様なら、きっとこう思うはず。」
そんなふうに、自分の中にある「基準」で物事を見ていることがあります。
もちろん、その基準が間違っているとは限りません。
これまでの経験からつくられたものだったり、その会社や業界では当たり前とされていることだったり。
それなりの理由があってできた基準もたくさんあります。
でも、意外と自分本位だったり、
「きっとこうだろう」
という思い込みだったりすることもあります。
だから大切なのは、何が正しいかを決めることよりも、
「何が基準になっているのか」
を考えてみることなのかもしれません。
自分は、何を基準にそう思ったのか。
相手は、何を基準にそう思ったのか。
同じものを見ていても、基準が違えば感じ方も違います。
同じ出来事でも、受け取り方が違うことだってあります。
人と意見が違った時。
相手の行動が理解できなかった時。
私たちはつい、自分の基準から相手を見てしまいます。
でも、そこで、
「この人にとっての普通って、何だろう。」
「何を基準に、そう考えているんだろう。」
と少し考えてみる。
相手を知るということは、その人のことをたくさん知ることだけではなく、その人が何を「普通」として、何を基準に物事を見ているのかを知ることでもあるのかもしれません。
そんなことを考えながら、今夜は久しぶりにクーラーをつけずに眠れそうです。
では、皆さんの明日に笑顔がありますように!
【Vol.3007】
