本当は春の息吹吹き荒ぶ頃に書きたかったが、前の投稿からだいぶ時間が経ってしまった、別に頻繁に投稿しようとは思ってないが頭の中で書きたいことがあったのになかなか腰が重くて行動に移せなかっただけでこんな日々が空いてしまった。僕の昔からの悪いくせだ。
自分の生活はだいぶ変わった、いつか親元を離れて生活する時が来ると知っていたがその『いつか』に自分が直面してしまった。
故郷を出る前にたくさんの友人とあらゆる言葉を交わして脱線しつつあった自分の人生が元のレールに戻って親炙していく感覚があった、ずっと僕の隣に居てくれた友人は、寂しくなるな、と一言別れ際に零していた、お互いあれほどずっと一緒にいたのだそんな事は思っていた事は分かっていたけど口から漏れるとは思ってもいなかったので正直驚いた、一生のお別れにする気は微塵もないので柄にもなく、きっとまた会えるさ、と彼の目を見て言ったが真意は伝わっているのだろうか、それを確かめるのは野暮と言うものだ、彼は不器用な強かさを持っているのだからそのままで居てほしい。
実家の自室を出る際に使っていた時計が止まる、なんて感動的なエピソードにはならなかったが少し自分が帰ってきた際に空気の違和を感じないように少々のものは置いてきた、別に帰りたくなれば帰ればいいのだ、人は帰る場所があるから旅に出れる、それは昔に行った京都旅行の際に実感した。
いつか京都旅行も文字にして書き記したい。
生きる指標もなっている人は自分と同じこの時期に自分の体内から出る天稟を携えて多くの人の典拠となっていた、自分も何か体外に向けて活動したいと思っているが何から手をつければいいか不明瞭でそれでいて複数あるから一種のマージナルマンのようになってしまっている、あの人の曠古無き冠絶さには常々目を奪われ、琴線を五指でガッツリ掴んでくる魔力がある。
気づけばモラトリアムの終盤だ、自分の体の中にそんな十数年分の情報量が詰まっているのかと不思議になるが感覚としては中学生で止まっているのでそんな自分がそろそろ大人とされる年齢に差し掛かっている状況がすこぶる気持ち悪い、生きていけば生きていくほど人間や人類の不完全さに気づいてしまう、形有るものはいずれ壊れ亡くなるのだ、この世に信じられるものなんて何もない、たまたまこの年齢まで生き延びてしまっただけで自分にはその年齢に釣り合う情報量を背負う事なんてできない。どこから来て何をしてどこへ向かうのか、この世に答えの無い問いをまた考えてしまう。
おそらく自分の人生はこれからどうにでもなるのだろう、朝な夕な思うがどうせ杞憂に終わる、烏有に帰すのだ。
真実なんて悲しいほど勝手なもんで、奇跡はその責任を取ろうとしない自分の足がまだ動く限り生きていくんだろなと頓着なくなおも喨々と思い続ける事しかできない。
いつか、またいつか旧交を温めるその日が来たら人生が機能していくのを感じて泣きたくなるのだろう。
自分の生活はだいぶ変わった、いつか親元を離れて生活する時が来ると知っていたがその『いつか』に自分が直面してしまった。
故郷を出る前にたくさんの友人とあらゆる言葉を交わして脱線しつつあった自分の人生が元のレールに戻って親炙していく感覚があった、ずっと僕の隣に居てくれた友人は、寂しくなるな、と一言別れ際に零していた、お互いあれほどずっと一緒にいたのだそんな事は思っていた事は分かっていたけど口から漏れるとは思ってもいなかったので正直驚いた、一生のお別れにする気は微塵もないので柄にもなく、きっとまた会えるさ、と彼の目を見て言ったが真意は伝わっているのだろうか、それを確かめるのは野暮と言うものだ、彼は不器用な強かさを持っているのだからそのままで居てほしい。
実家の自室を出る際に使っていた時計が止まる、なんて感動的なエピソードにはならなかったが少し自分が帰ってきた際に空気の違和を感じないように少々のものは置いてきた、別に帰りたくなれば帰ればいいのだ、人は帰る場所があるから旅に出れる、それは昔に行った京都旅行の際に実感した。
いつか京都旅行も文字にして書き記したい。
生きる指標もなっている人は自分と同じこの時期に自分の体内から出る天稟を携えて多くの人の典拠となっていた、自分も何か体外に向けて活動したいと思っているが何から手をつければいいか不明瞭でそれでいて複数あるから一種のマージナルマンのようになってしまっている、あの人の曠古無き冠絶さには常々目を奪われ、琴線を五指でガッツリ掴んでくる魔力がある。
気づけばモラトリアムの終盤だ、自分の体の中にそんな十数年分の情報量が詰まっているのかと不思議になるが感覚としては中学生で止まっているのでそんな自分がそろそろ大人とされる年齢に差し掛かっている状況がすこぶる気持ち悪い、生きていけば生きていくほど人間や人類の不完全さに気づいてしまう、形有るものはいずれ壊れ亡くなるのだ、この世に信じられるものなんて何もない、たまたまこの年齢まで生き延びてしまっただけで自分にはその年齢に釣り合う情報量を背負う事なんてできない。どこから来て何をしてどこへ向かうのか、この世に答えの無い問いをまた考えてしまう。
おそらく自分の人生はこれからどうにでもなるのだろう、朝な夕な思うがどうせ杞憂に終わる、烏有に帰すのだ。
真実なんて悲しいほど勝手なもんで、奇跡はその責任を取ろうとしない自分の足がまだ動く限り生きていくんだろなと頓着なくなおも喨々と思い続ける事しかできない。
いつか、またいつか旧交を温めるその日が来たら人生が機能していくのを感じて泣きたくなるのだろう。