なかなか大層なタイトルだと思う。
2020年は誰に聞いても過酷な年になったと言うだろう、それはもちろん自分も例外じゃない。
社会が基盤から揺らいでいて、何をしていても正解が分からないまま、人間たちも日々数字が増えてくニュースに迷いながら暮らしていた。
けど、自分の中ではどこか傍観している節があった。やっぱり2020年の間は人間としての機能が鈍っていたり止まってたりするのをほんの少しでも誰かのせいにしたいのだ。それで許された気分になりたいだけだ。
でも、社会から外れているような脳裏にべったりと張り付く罪悪感は拭えないし、以前楽しんでいた趣味も何もかもが同じように楽しめない。呪いのような感覚だ。

去年はひたすら自問自答の日々だった。
答えが既に出ているものから、答えそのものがこの世に無いものまでありとあらゆる事を疑問に思った。正直自分のような十数年しか生きていない未熟な子供ではたどり着けないだろうし、一度疑問に思ってしまったのだからこれから多分長いであろう人生で何回も同じ問いかけを反芻するのだろう。
ずっと思案し続けてその先にパズルのピースのように「これしか無い‼︎」と言える答えが出たら自分の中では溜飲は下がるが、その答えを体外に向けた時、共感を得られなかったら「自分にとってはこの答えしかないのだから、自分が間違っているはずがない」と思い込んでしまう。
もちろん双方にお互いの意見があって歩み寄りの心が大切なのだろうが、相手のことも考えて自分の中で答えを出すなんてそんな面倒な事、考えるだけでも頭が痛くなる。
おそらく、今自分が考えている事の大半は後一年とすれば忘れてしまうだろうし、煩わしく心労している考え方も変わってしまうのだ。

人との出会いは本当に数奇だと思う。
学校で毎日顔を合わせて、なんの役にも立たない話を笑いながら話していた友達ともある日パッタリと会わなくなってしまう、それからは何か用事がないと会えなくなってしまうのだ。3月になると別れの言葉で「大人になってもこの友情を忘れない」なんて言葉で溢れるが、4月にはみんな結構忘れてるものだ。それでみんな大人になっていく、もちろんそれは健全的な事であるがどこか寂しいものすら感じる。
人と会う機会が減って自分の足で立って居られなくなる程他人の事を考えた、本当に自分は友人に恵まれた。
だが人と出会うという事は必然的に別れの要素を孕んでいる。それに気づくには自分はあまりに若すぎたようで一時だけの別れの気持ちで手を離したらそれが一生の別れだったりする。
失ってから自分が犯した過ちの大きさに気づく、別れは酷く残酷なもので日々の生活と隣り合わせになっていて目に見えるものではないがある日突然牙を剥いて自分の前に現れてくる、その瞬間は人間には出来る事なんて何一つないのだ。
別れてしまう事を知っていたなら自分は人と会える時にどれだけ相手の事を考えただろうか、好きな話題で盛り上がっただろうか、相手は何を言って自分と話してくれただろうか、今でも無限に考える。
考えたところで過ぎ去った過去は戻ってこないし、手を振って別れた人達も皆それぞれの人生を生きている。
人との別れがこんなに残酷なものだと知っていたら出会う事さえ躊躇ったかもしれない。
僕は、友人の事を心から愛している。
こんな自分と友達になってくれたのだから会えなくなるのだったら会えなくなるその日まで友人のままでいたい。
ただ記憶の中でいいから生きていたいだけなんだと強く思う。
また会えたら何を話すかな、たぶん言葉に詰まるんだろうなぁ…

自分は、人は常に良くも悪くも何かに依存してないと生きていけないと思っている。お酒であったり、愛であったり、音楽であったり、家庭であったり、その姿は多種多様十人十色だろう。
依存しているという事は依存対象に心を奪われるほど鮮烈な出来事があってそれを忘れない、忘れられないと言う事の言い換えで逆に言えば、どこか忘れてしまったり過去を割り切った事にしたものは依存ではないのだろうか。
過去にあったなにかしらの出来事が忘れなくて自分の中に積み重なったもののうち、もう取り返しがつかなくなった物のみを依存と呼んで正当化しているだけなんじゃないか。
『依存』なんて一言で一蹴するのはいいが、それを紐解いてゆくとありえないほど膨大な情報量が流れ込んでくる。
その情報量の根底には何があって、それはどんな形で、今なお昔のような煌めきを放っているのか振り返りたくなるが、おそらくそんな事は今する事ではない。
人生を振り返るにはまだまだ若いし、必要な過程を踏んでない。


なんか色々自分の中で渦巻く思いの丈をあーじゃないこーじゃないって文字にしてみたが、何を書きたいのかわからなくなってきたし内容も大幅に煩雑で掴みづらいものになってしまった。
この一年、自分から出る言葉は全て暗鬱でマイナスの雰囲気を孕んでいた。
ある友人はそれを肯定していた、だいぶ助けられた。
いつかこの無下に扱ってしまったであろう日々総てが、今日のためにあったのだ。と言えるその日が来る事を願う。