会社の車に給油した後に記録をする用紙があるのだが、そこに「給油 リットル(㎥)」と書かれていることが、前から気になっていた。
担当者に「誰かがもう聞いたかもしれないけれど、どうして、リットルなのに、単位が立米になっているの?」と聞いてみた。「そんなこと初めて言われました。違うんですか?」
「リットルと立米じゃ全然違うじゃん。10cm×10cm×10cmが1リットルだけど、1立米は1m×1m×1mだよ。水の重さで言ったら1キログラムと1トン。」
「そうなんですか。知りませんでした。」
リットルと立米の違いを知らなかったとは、俺は考えていなかった。何かの事務的なミスだと思っていた。そういえば、この前、デシリットルを知らない人がいて驚いたけれど、意外と単位って知られていないんだなあ、とあらためて思った。
ちなみに、10分の1がデシ、100分の1がセンチで、1000分の1がミリだ。デシはデシベルとか、デシリットルで使う。逆に100倍はヘクト、1000倍がキロだ。ヘクトはヘクトパスカルやヘクタールで使う。
10倍は何というのか俺も知らなかった。「デカ」というらしい。10年のことを英語でディケードというからそんな感じなんだと思う。でもデカリットルなんて聞いたこともない。俺もそんなに単位に詳しいってわけでもないことを自覚させられた。
+++
週末は実家に帰った。姪が帰ってきていたので、姉の家に行って焼き肉をごちそうになった。
姪の話では、昭和生まれで平成の間に結婚しなかった人たちのことを「平成ジャンプ」というらしい。俺も平成ジャンプの一員になりそうだ。
誰が考えるのか知らないが、よく考えるなあ、と思う。
+++
BBCが選ぶ21世紀最高の映画100本が発表された。俺が見た映画は全体の3割くらいだった。
「ロスト・イン・トランスレーション」や「あの頃ペニー・レインと」から「イングロリアス・バスターズ」まで入っていて幅広い。その一方で「スパニッシュ・アパートメント」や「マッチ・ポイント」、「イントゥ・ザ・ワイルド」が入ってないのは残念だ。
1位が何かすごく気になった。1位は「マルホランド・ドライブ」。「うーん。」と唸った。「そうかあ。そうなるのかあ。」
複雑で、挑戦的なこの映画が1位。俺はこの映画を理解ができたとは言えないが、文句は言えない。この映画はすごい。
+++
キアヌ・リーヴスの映画「砂上の法廷」を観た。
キアヌが弁護士として、殺人の容疑者の弁護をする。容疑者は被害者の息子。キアヌは被害者も息子もよく知っている。
被害者の息子は警察にもキアヌにも口を利かない。しかし証言に立つのだという。やめさせようとしたら、契約解除までチラつかせる。優秀だ。
この息子のことを俺は理解ができず、なんて奴だと思いながら観ていたが、結論を知ってからはこの息子が最も優しく真っ当だった。
人を判断することの難しさを痛感した映画だったし、脚本はこの手の映画にしてはよく練られていると思った。
+++
映画「ハンガー・ゲーム2」を観た。
飢えている12の地域と裕福な都市。12の地域から2人ずつ選手が選ばれ、最後の1人になるまで殺しあう。
この選手に、再び主人公が選ばれる。
疲弊した地方は都市への不満を募らせていている。徐々に革命のシンボルとなりつつあった彼女は、選手のなかでも一目置かれる存在になっていた。
このハンガー・ゲーム2は殺し合いよりも、その後の革命への序章という位置づけだ。メインはこの次の映画になりそうで、また続編を観なければならない。
+++
映画「シン・ゴジラ」を観た。
ゴジラが東京に上陸したら、日本の政府はどのように動くのかがシミュレーションされている。
なかなかリアリティがあり、会議で省庁間の押し付け合いをした挙句、逆襲にあって全滅という「そうなるだろうな。」という結論を見事に描き出している。もっとも、へなちょこな会議ばかりで全然、前進しないので、もう少しで映画を観ること自体をやめるところだった。
40歳代でアメリカ大統領になるという野心を持ったアメリカの政治家を石原さとみが演じていたけれど、そういうところはキャスティングに手を抜かないで、ちゃんと日本語が堪能な外国人を使ってほしかった。脚本的にもアメリカの情報を横流ししたのが唯一の功績で、政治家として優れた見識を発揮して状況を好転させたわけでもなく、ただ状況に振り回されているだけで痛かった。
有名な俳優も数多く出ているが、日本政府という組織の中で個性も埋没してしまうため映画としては大して面白くもなかったし、ゴジラが何のために暴れたのかも一切わからず、エサが不要なら、なぜ口があるのかも不明で、その口から毒を飲ませて殺すというのもなんだかなあといった映画だった。映画の中でも指摘されていたけれど、あの歯では、何を食べているのかも想像ができない。致命傷を与えるためだけの歯が並んでいる感じだ。でも、肉食というわけでもない。ゴジラが人肉を食べるようになったら、恐怖感は倍増するだろう。
それから、造形としてはゴジラの目にまったく力がなく、障害物に手あたり次第ぶつかるあたり、俺の予想ではゴジラは何も見えていないのだと思う。
+++
映画「ストリート・オブ・ファイアー」を数10年ぶりに見た。
映画に出てくる車も生活もどこか古臭い。時代が変わったんだなあ、と思う。
暴走族がロックのボーカルをさらうという設定も、そして暴走族が紳士的なことにも時代を感じる。
ダイアン・レインの歌う曲が流れる中を、マイケル・パレが去っていくシーンにも、なぜ?という疑問の方が大きかった。あの頃は恋人の元から去っていくことが美しいとされていたのだろうか?
アクションもCGではないので派手さが欠ける。昔は、この映画を見て胸が高鳴ったものだが、人生がままならない今では「俺ならダイアン・レインのヒモになるのに」と冷めた気持ちで見ることしかできない。
今のティーンエイジャーはこの映画を観てどう思うのだろう。




