仕事は、まあ順調だが、問題を抱えている。詳しい内容を書けないのが残念だが、村上春樹のいうように世の中には「いわれのない悪意」というものが存在し、それが時として力を持つことがあるということだ。
時のなかで、そんな力が衰退するのは目に見えているけれど、今、現実にあるものは仕方がない。諦めて、逃げるしかないのだが、それも限界がある。もう少しの間、辛抱していたい。
+++
土曜日の朝、実家に帰った。
実家の廊下には、寒さよけのために(現実に役立っていたかは疑問だが、)カーペットが敷いてあり、床のフローリングに両面テープで固定されていた。
小便器のバルブが凍結で破損したせいで、小便器から水が溢れて廊下は水浸しになり、カーペットも濡れに濡れた。このままでは、廊下が腐ってしまうからと、姉がそれを剥がして、家の外に置いた。そして玄関で多くの人を迎え入れてきた絨毯も、今回、水浸しになったのを機に捨てることにした。それも、姉が家の外に置いてくれていた。乾かしていた、と言ってもいいかもしれない。
先週末、小便器のバルブは修理できたが、剥がしたカーペットと絨毯は家の外に置いたままだった。
実家近くのゴミ処理施設は土日が休みなので、ゴミを引き取ってくれる業者を探した。土日とも休みの業者が多く、たまに営業している業者がいても、「カーペットはダメ。」と断られた。それでも、なんとか業者を見つけて、処理してもらうことになった。自分の車で業者の所まで運んだ。
家の玄関に敷いてあった絨毯は、買ったときにはそれなりの値段がしたと姉から聞いていた。
場所がよくわからず、いろんな人に聞きながら、なんとかたどり着いた業者の所でカーペットと絨毯を車から降ろす。重さを量って「両方で11キロ、処分料金は2000円」だと言うので、そのまま払ってきた。
今まで大切にしてきた絨毯が、邪魔そうに折り曲げられてゴミとして扱われるのを見たときに、少し胸が痛んだ。
+++
実家では、車のタイヤも冬用タイヤから普通のタイヤに履き替えた。もう雪は降らないだろう。今年の冬は、雪道を本当によく走った。
+++
土曜日のうちにまた長野に戻った。途中で本屋に寄った。司法書士関連の本を見る予定だったのだが、久しぶりの本屋で興奮してしまい、小説やら英語の本やら1万円近く買ってしまった。肝心の司法書士関連の本は1冊も買わなかった。
「おまえ、本なんか読んでいつ勉強するんだよ。」と思ったが、キンドルでシム・シティなんかやっているよりはずっとましだと思った。シム・シティは既に人口120万人を突破していて、もう俺が頑張らなければならないことなんか、何もない。
キンドルは持っているけれど、やっぱり本はいいなあ、と本を読むと思う。具体的に、何が電子書籍より優れているのかはわからない。たぶん、俺の今までの人生で、本を読んでいた時期が電子書籍を読んでいた時期よりも長かったから、という単純な理由だからではないかと思う。
今の子供たちは、電子書籍の方に惹かれるのかもしれない。それでも俺は全然かまわない。本を読まないことはよくないと多くの人が言うが、俺はそうは思わない。本は毒にも薬にもなり得る。俺はくだらない本や作者に夢中になっていた時間を取り戻せるなら取り戻したい。
毎日読む新聞だって、ほとんどの情報はいらない。仕事で関係があるかもしれないから仕方がなく読んでいるけれど、読む必要はほとんど感じない。はっきり言って時間の無駄だ。一番面白い記事が、週刊誌の広告だということもある。「トランプ政権は肝に銘じなければならない」なんて社説を田舎の地方紙が書いて何の意味があるのかわからない。誰に向けた主張で、それが意味があるのかという、ちょっと哲学的な思索はできそうだけど。
本屋で、高校数学の本も買うかどうか迷った。でも、ちらっと見て、覚えなければならない公式の量に圧倒されて、やめてしまった。高校の頃、積分を使えば、断面の面積だけで簡単に球の体積が求められることを知って、わくわくしたけど、すっかりやり方も忘れていた。本屋で諦めながら、もう2度と積分を俺は解けないのかと思ったら、少し寂しくなった。
+++
スタローンの映画「バレット」とショーン・ペンの映画「ガンマン」を見た。

バレットはそれなりに面白かったし、スタローンが未だにアクション映画に主役として出ていることを単純に尊敬したい。

ショーン・ペンの映画「ガンマン」もよかった。ショーン・ペンは役者としても本当に優れていることがよくわかった。
+++
ダン・ブラウンの小説「オリジン」の上巻を読み終わった。

帯には「ダ・ヴィンチコード」を超える面白さ!なんて書かれているけれど、そんなには面白くない。それでも、豆知識満載で、それなりには楽しめる。今回の舞台はスペイン。マドリードの現代美術館で、有能だったかつての学生が華やかなプレゼンの最中に殺される。テーマは「宗教の存続」だ。下巻も、読むんだろうと思う。
ただ、小説のなかの人が一生懸命、勉強したことを披露するのを読むよりも、もう少し、俺は俺自身が勉強した方がいいんじゃないかとは思っているんだけど。