先週末は大阪に、地元の仲間たちでバスを借りて旅行に行った。月曜日を休みにして、日曜日と月曜日の1泊2日の旅行だった。
日曜日の朝、6時30分発ということだったが、集合時間よりも早く全員が集まったので、バスは6時30分よりも前に出発した。
バスのなかでビールが配られて、とりあえず、ということで乾杯したのが、朝の6時30分だった。
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最初の目的地はアサヒビールの吹田工場だった。きれいなお姉さんが工場の説明をしてくれる。
おっさんばかりの旅行なので、説明などはほとんど聞いておらず、質問はお姉さんの名前や年齢のような内容ばかり。
俺は一応「どうして、ビールを造るのに米を混ぜる必要があるのか?」といった質問をした。しかし残念なことに、俺もお姉さんの年齢が21歳だということは未だに覚えているが、質問に対する回答はその場で忘れてしまった。
バスのなかで、さんざん飲んできたのにも関わらず、説明会の最後では、また生ビールを飲んだ。お土産などは買うつもりが全くなかったが、一応、土産品売り場にも行った。そこでアサヒビールがウイスキーのジャック・ダニエルを売っていると初めて知った。そして、ジェントルマン・ジャックという銘柄を初めて知り、自分に対するお土産として1本買った。
しかし、このジェントルマン・ジャックは、旅行の翌日に予定されていた、職場での飲み会に不参加の埋め合わせとして、部下に渡してしまった。
ところで、こういうきれいなお姉さんに連れられていく工場見学には、僕には苦い思い出がある。
それは小学校2年生の社会科見学のときのことで、きれいなお姉さんが、工場内を案内してくれた。「また来てくださいね。待ってます。」という言葉を真に受けた俺と友達は(まだ社交辞令という言葉も意味も知らなかった)、日曜日に、お姉さんに会いに行った。
工場内に入り込もうとした俺たちは、守衛に捕まり、半端なく怒られた。俺はこんなに怒られたことが生まれて初めてだったので、本当にびっくりした。でも、一緒に行った友達はケロッとしていた。
「学校におまえたちの名前を言いつけてやる。」と守衛は言った。俺はその日の夜、不安で2分くらい寝られなかった。でも、眠気が勝り、寝てしまった。昔から寝付きはいい子だった。
結局、このことで学校の先生に怒られたことはなかった。ただ、未だにトラウマで、きれいなお姉さんに連れられていく工場見学では、少し身構えてしまう。
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昼は大阪の通天閣の隣にある寿司屋で寿司を食べた。ビールも日本酒も飲んだ。通天閣にも一応、行ったが、40分待ちという看板を見た途端に心が折れて昇らなかった。
近所にあった白木屋に行って、みんなで酒を飲んでいた。
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宿泊をしたのは難波のアパホテルだった。夕食までの間、散歩をして、たこ焼きを買って食べた。そこでまたビールを飲んだ。
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宴会は難波の「ざうお難波本店」だった。宴会場のまわりを鯛が泳いでいて、釣ることができる(もちろん有料)。実際に釣っているのは家族連ればかりだった。
俺たちは、なんとなくだらだらとビールや日本酒を飲んでいた。鯛の刺身は甘く感じたが、それほどうまいとも思わなかった。
宴会の後、大阪の街を歩く。同じように街中を歩いている人たちはアジアの旅行者が多かった。何語かも判別がつかない言葉をしゃべっては、記念写真を撮っている。グリコのマークや食い倒れ人形があって、大阪の街は被写体として、少し不思議な場所のように思う。
そういう俺は、今回は旅行だというのにカメラも持ってこなかった。
もう、とっくにお腹はいっぱいだったが、友達に誘われてラーメンを食べた。かん水がきつく、昔のラーメンを思い出した。正直、うまくなかった。
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翌朝、ホテルの朝食を食べた。改めて、ホテルのなかも外国人ばかりだということに気がついた。俺は目にしなかったが、友達は、ビュッフェで皿の上に春巻きを山のように積み上げている中国人を見たそうだ。「あり得る話だよなあ。」と思った。
この日の見学場所は白鶴酒造資料館だった。資料館の前に並んでいるのは外国人ばかりだった。ちょっと考えてみたら、月曜日の午前中なんだから当たり前だ。
ここでは、特にお姉さんが説明してくれるということはない。ただ歩いて見て、出てくるだけだ。利き酒のコーナーで少量の日本酒を何杯か飲んだ。特に買うものもないので、出てきたら資料館に入るときから20分もかかっていなかった。
入り口の開けた場所で友達と話していたら、外国人に英語で声をかけられた。何枚か写真を撮ってあげた。
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バスに乗って、鉄人28号のモニュメントも見に行った。等身大なのだそうだ。
「以外と小さいんだな。」
「日本人がほぼ全員、木造平屋建てに住んでいた時代のヒーローなんだろうなあ。」
今は鉄筋コンクリート造りの建物が鉄人28号の周りに建っている。鉄人28号が仮に動いたとしても、隣に建っているスーパーを壊すことさえ、今となっては難しい。
隣のスーパーのトイレを借りたときに、テラスから携帯で写真を撮った。今回の旅行で唯一の写真だった。
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昼食は、神戸の港近くにあるMOSAICにあるトニー・ローマというステーキ店で食べた。僕はバドワイザーの生ビールを飲んだ。初めて飲んだが、普通のバドワイザーよりももっと軽い感じがした。窓から港が見渡せる。神戸の街は横浜よりもおしゃれで美しい。
隣の席では、高校生の女の子たちが食事をしている。
「神戸の子がおしゃれなのも、わかるよなあ。平日の昼に、高校生がこんなところで食事しているんだもんなあ。」
「俺たちなんか、高校にパン屋がパンを売りに来て、それを買いに行っていたのに。」
「クロワッサン買ってたんだよな。カフェオレと。」
「そんなおしゃれなもんは売ってねえよ。せいぜい、あんバタ(あんことマーガリン入りのパン)だ。」
「悲しいな。」
売っているものも、どこか品があった。神戸はおしゃれな街だということがよくわかった。そして、俺たちが文化の香りとはほど遠いど田舎で暮らしていることも改めて認識した。
俺は、職場向けの格安お土産を一つ買っただけだったが、ある友達は、神戸のおしゃれ感に負けて大量にラスクを買った。両手に大量のラスクを持って歩く姿から、みんなに「爆買い中国人」と呼ばれていた。
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その後は、もう帰るだけだった。ずっとバスのなかでビールを飲みながらトランプをして過ごした。勝ち続けていたのは、一番若い男だった。
あまりに勝ち続けたので、みんなのフラストレーションがたまっていた。
地元に戻る最後のインターチェンジの手前にあるサービスエリアで止めてほしい、と幹事がドライバーに伝えた。
「どうして、止まる必要があるんですか?このまま帰ればいいのに。」
その若い男が言った途端、幹事がキレた。
「空き缶とかゴミを捨てるんだよ。うるせえな。おまえも捨てていくからな!」
「おまえも捨てていく」という言葉がひどい話しすぎておかしくて、それから俺はしばらく笑っていた。
そして、僕たちはまた、長野のど田舎へ帰ってきた。
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今週は、そんな旅行のために月曜日に休んだせいもあって、けっこう忙しかった。
飲み会も2回あった。
でも、1回目の飲み会は、旅行の翌日で仕事がたまっていたので断った。
2回目の飲み会は、出発直前に管内で事故があって、2時間の飲み会のうち、俺が参加できたのは最後の30分間だけだった。
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そんなわけで忙しかったせいもあって、今週はジムに行ったのは土曜日だけだった。久しぶりに体重計に載ったら、また少し太っていた。
それで、日曜日にもまたジムに行った。帰りに肉やジャガイモをたくさん買ってきて、料理をして食べた。
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実は最近、料理をしなくなっていて、とてもよくないと思っていた。料理は時間通りに、すべての食材を仕上げなければならないので、試験や仕事の訓練に向いていると思っている。それに料理をすると頭のなかがすっきりする。
でも、なかなか料理を再開するきっかけがつかめなかった。それでフライパンと鍋をいいものに買い直すことにした。今までのものはだいぶコートが摩耗して、焦げたバターや肉などがこびりつくようになってしまったから。
それから、ピーラーも「貝印 SERECT100T型ピーラーDH-3000」というきちんとしたものに買い換えた。
ちゃんとしたピーラーは切れ味がいい。ジャガイモの皮むきもストレスが減った。それで料理を再び始めるようになった。
ただ、ピーラーの切れ味があまりによかったので、なんだか包丁も換えたくなってきた。切れる包丁は、貝印のピーラーのようにスムーズに切れるのだろうか?
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気象予報士の勉強はダラダラと続けている。なかなか本気にならないが、そのうちに火がつきそうな気もしている。
まだ、問題を目の前にすると、それだけで焦ってしまう。大ヒントが記載されていても、今の俺は見逃してしまう。そして、答えに永遠に近づかない不毛な計算に突入し、消耗する。
解答を見て、激怒する。「俺はいったい、何を見ているんだよ!」その自己嫌悪で、机を離れると、しばらく戻らない。キンドルで漫画に没頭してしまう。
ダラダラでもいい。勉強を続けたい。そのうちに火が付くと信じている。