僕の使っているキンドル・ファイヤーの電源が全く入らなくなってしまった。正確に言うと、全く充電ができなくなった。電源ボタンを押すと、電池のマークのなかに赤いラインが1本だけ映っているのが見られる。
ネットで見てみたら、電源ボタンを20秒間押し続けると直る、なんて書いてあった。試してみたけど、直らなかった。40秒押し続けると直るというのもあり、それもやってみたが直らなかった。
なぜ、充電ができないのか?可能性としては、コンセントにつながるアダプターの故障、アダプターと本体を結ぶコードの不良、本体の電池の故障の3つが考えられた(当たり前だ。)。
それで、前に持っていた別のキンドルのコードを使って、パソコン経由で充電してみた。そうしたら久しく見ていなかった充電マークが画面に映った。
原因を探ってみたら、コードの不良だった。今どき、コード不良なんか起きるのかなあ、なんて思ったけれど、以前のキンドルのコードを使ったら、今までよりも数倍早く充電も終了した。
今まで、コードを繋ぎながらシム・シティをしていても、途中で電源が落ちてしまい、へなちょこな電池だと思っていたけれど、コードが悪かったのかあ。
そんなこともあるのか、と思った。
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マイクロソフトから、MOS2010MASTERの認定証が届いた。最後に取得したMOS2010WORD EXPERTとは別便で来ることになっていたので、よっぽどすごい認定証なのかと思ったが、実際には、他の認定証とデザインも全く同じで、ありがたみも少なかった。
「こんなにオフィスを愛してくれてありがとう。」と、サーフェースの割引券でも入っていないかと思ったが、そういった特典もない。
受験料は高いし、メリットは少ない。十分に取る自信はあるが、俺がMOS2013MASTERを取ることはないだろう。
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そして、どうでもいい話だが(ここに書いている話そのものが、どうでもいい話だが、そのなかでもとりわけという意味)、キンドルで遊んでいるシム・シティ。
現在の人口は約22万人、そして、シムの市長支持率は100%だ。僕の市の経営方針は、教育にお金をつぎ込むことと、インフラを計画的に設置することだ。そして渋滞等の苦情があれば、すぐに道路を改善する。
インフラの計画的設置については、最小の警察署、消防署、診療所がまかなえる範囲に、住居12棟と公園を2つずつ配置する。この四角のブロックを積み上げていく感じだ。たまに、ブロックの間に教育機関等を設置する。
市の発展に時間がかかるが、シムも僕も満足しているので、僕はこれでいい。
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連休の間は風邪を引いて、体調はずっとすぐれなかった。
先週の日曜日は結局、飲みに行ったが、大人しく一次会で帰ってきた。一次会で帰ると、少し寂しい気がするが、翌朝、風邪の症状が重くなっているのを自覚したとき「行かなくて本当に大正解」と思った。
月曜日も、細かな仕事がいろいろと飛び込んできた。緊急電話の当番者は2名いるが、どちらも出ないと、俺の所にかかってくる。責任者という言葉の意味が本当にわかる。そして、こういう体調が悪いときに限って、2人とも出やしない。「具合悪いのに勘弁してくれよ」と思いながら、いろいろな手配をした。
火曜日は、ずっと本を読んで過ごした。
俺は本当に孤独に強いなあ、と改めて思う。いい本があれば、人と話さなくても全く困らない。静かでいられることに、喜びまで感じるくらいだ。
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水曜日には、姉が来た。今回のメインは、台所掃除だ。
母は人と話すことが好きで、ほんのちょっと贅沢な生活をしたがった。そして、物を捨てることのできない世代の人だった。
というわけで、うちには茶碗と急須、それから小皿のセットが、それこそ山のようにあり、そこそこ高級な品もある。母は、これらのセットが食器棚に入らないほどになると、以前のものを捨てることなく、さらに食器棚を買い足した。その頃、俺は一緒に住んでいなくて本当によかった。ケンカになることは間違いなかったから。
そんなわけで、俺の家には、必要以上の食器棚もある。
今回、思い切って、不要な食器を捨てることにした。台所以外にも食器棚があるが(そもそも台所も2つある。今回の掃除はメインの台所)、そういった食器棚をいっぺんに開けると心が折れるので、とりあえず、台所1か所に絞って掃除をした。
いらない食器や何のために取っておいたのか不明な様々な道具を余り考えずに捨てていく。考え出すときりがないからだ。
「こんなに捨てたら、きっと、母親は怒るだろうなあ。」
「でも、こんなに食器いる?」
「いらない。」
あっという間にゴミ袋3袋分が食器で埋まり、そこで、今回の掃除は終わりにした。続きはまだまだあり、俺は泣きたい気分だった。何で俺、結婚していないんだろう?と思うのはこんな時だ。少し後悔もする。
姉は、松茸ご飯やおかずをたくさん、持ってきてくれた。今年は松茸が豊作だと聞いていたけれど、俺は食べないんだろうなあ、と思っていた。食べられることになってよかった。
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土日は、家でダラダラ過ごしていた。
土曜日の夜、守衛から電話があった。
「出先の事務所で、窓を開けて酒を飲んでいるらしく、うるさいって苦情を受けたのですが、どうしますか?」なんて言われた。
昔から、酒を飲んで大騒ぎをすることはあっても、「静かにしろ」なんて言うのは初めてだったので、気が重かった。それでも電話をして注意をした。まったくなあ。
日曜日は、朝から姉がまた来た。また食器の整理をした。また、大量のゴミが出た。泣きたい気分だ。
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スティーブ・ハミルトンの「解錠師」(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読み終わった。
小さな頃のショックから、言葉が話せなくなった少年が、高校生になる。特技は絵を描くこと。それから鍵を解錠すること。
初恋の相手の父親がトラブルに巻き込まれ、少年は彼を救うために金庫破りの技術をマスターすることになる。そしてそれは、裏社会に取り込まれることであった。
彼はしゃべれないので、黙々と仕事をこなす。頭脳は明晰。そして、心の中にはいつも初恋の相手がいる。いつか彼女に読んでもらうために、してきた仕事を全てマンガにして持ち運んでいる。
ムダのない美しい小説だった。多感で寡黙な少年がどうして金庫破りにならざるを得なかったのか、無理のないストーリーで説明されていく。
読み終わったあと、とてもきれいな気持ちになった。しゃべれない人生というのも人によっては美しいものだと思った。それから、自分が高校時代に、こういった美しい恋愛を何一つしてこなかったことが、悔やまれてならなかった。
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連休を通じてマンガも大量に読んだが、最も印象深かったのは、紙魚丸の「惰性67パーセント」(ヤングジャンプコミックス)だ。
男2人と女2人がダラダラと大学生活を過ごす。そのちょっとエッチで、でも健全?な生活を描いている。
俺がなんで印象深かったかというと、主人公?の巨乳メガネの女の子が、昔の彼女にどこか似ていたからだ。もちろん、そっくりじゃないし、このマンガに出てくる女の子ほど打たれ強くもないし、もう少し品があった(どうでもいいが。)。
誰が読んでも面白いと思う。作者は、エロマンガも描くらしい(読んだことはない。)。当然、もっとマニアックなものも描けるのだろうけれど、普遍化したところでの勝負をしているのだと思う。俺も、もうすっかりおじさんなので、強烈なマンガよりも、このくらいにマイルドにしてくれた方がうれしい。
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「フェルメールの謎~ティムの名画再現プロジェクト」というドキュメンタリー映画も見た。
システム開発で大もうけをしたティムは、フェルメール(「真珠の耳飾りの少女」を描いた画家)の絵を描いてみたいと考える。彼を勇気づけたのは、フェルメールは、光学的な方法で絵を描いていたのではないかという推測だった。
その光学装置の名はカメラ・オブスクラ。彼は自身の倉庫内にフェルメールの絵「音楽の稽古」の対象物をフルサイズで再配置し、フェルメールの使ったであろう技術を使って絵を描こうとする。油絵を描くのは、ほぼ初めてだ。
しかし、作業をしていくうちに、ティムはカメラ・オブスクラのような暗室はいらず、凹面鏡と縁のない鏡があれば、フェルメールの絵が描けることを発見する。
細かな作業が延々と続く。「神は細部に宿る」という言葉を裏付けるような長期間にわたる作業に、こうでなくてはいけないんだな、という思いがした。俺は潔すぎる。
ところで、映画では言及されていないが、フェルメールと同時代を生きたオランダの科学者にレーウェンフックがいる。彼は高倍率の顕微鏡を作り(作り方は徹底的に秘密にされた)、イギリスの王立協会に200本近いレポートを送った。こんなものが見えたという事実のみを(彼はハチの針やパンのカビのほか、自分の排泄物や精液まで顕微鏡で見て、写し取っていた)送付していた。
フェルメールが、本当に、鏡やレンズといった光学器具を用いたのかどうかは謎だが、この映画のなかで、ピアノに描かれている模様が、凹面鏡で見たときのように湾曲していることを、ティムは発見する。恐らく、フェルメールは、光学器具を使ったのだろう。
フェルメールの遺品からはレンズや鏡をはじめとする光学器具は見つからなかった。しかし、ここが面白いところだが、フェルメールの遺品目録を作成した遺産管理人になったのは、偶然だが、徹底した秘密主義者のレーウェンフックだった(今読んでいる「人類が知っていることすべての短い歴史(下巻)」(新潮文庫)による。)。
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「きっと、うまくいく」という邦題のインド映画も見た。3人の工学部の大学生が、入学し、卒業したそのあとまで描いている。
見ながら思ったのは、インドでは工学部が人気なんだなあということだ。「男ならエンジニア、女なら医者。」どうもそういうことらしい。
インド映画らしく、途中でよくわからない歌とダンスが入っている。長い映画で3時間近くある。よく途中で俺も投げ出さなかったと思う。
3人の大学生は、1人は超優秀、他の2人は落ちこぼれ。彼らの友情を描いている。現実にもよくあるように、超優秀な奴が最も権力に反発し、それがこのドラマの鍵になっている。
俺が大学生の頃なら、この映画を手放しでほめそうだが、今の僕はもう少し、学問に対してのリスペクトがあるので、少し勉強ということをバカにされたような気がして、そこは気に入らなかった。
でも、全体として、いい映画なんだと思う。長すぎるので人には勧めないが、もう1回見ろ、と言われたら、そんなに苦にもせず、見てしまいそうだ。