月曜日は仕事始めだった。
夜、少し残業して帰ろうとしたら、「帰るんですか?」と驚いたように部下が言う。
「当たり前だ。」
辺りを見回すと、みんながちょっと不思議そうに僕を見る。
「まじで?飲み会?これから?」
やれやれと思いながら、有志主催と言うことで飲み会に行く。最初から「メガジョッキ」という巨大なジョッキで乾杯をする。
すぐに酔ってしまい、それから3軒もはしごしてしまい、家に着いたのは翌日になってからだった。
2日酔いは思ったよりひどくはなかった。ただ翌朝は電車に乗るのも面倒で、タクシーで出勤した。
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木曜日は1日出張していた。帰ってくると、別の部署にクレーマーからの電話があったという。どうやら、僕も関係してくるらしい。それで呼び出された。
状況の説明をし、その後別の部署の上司がクレーマーからの電話を切るまで待機していた。
2時間もかかった。溜まった仕事をこなしながらの待機だったので、ムダではなかったけれど、ひどい話だった。
後半は、僕の関係してくる話は飛び越えて、病院、福祉、会計まで多岐にわたり、自分がどれだけすぐれた提言を世の中にしているかという自慢話だったらしい。
「お疲れ様でした。」
僕はそう声をかけた。他に何と声をかけたらいいか、わからなかった。
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土曜日にアクセス2010のMOSの試験を受けた。試験は午後1時30分からで、会場は車で90分ほどかかる場所にあった。よく晴れていた。車のなかは日差しで暑いくらいだった。今日は大雪での呼び出しはないなと、少しほっとしていた。
午後1時頃に、試験会場となる役場近くの公民館に着いた。狭い駐車場に車を入れていたら、左手首にプチッという感覚があった。手首を見てみたら腕時計のベルトが切れていた。
僕はカシオのオシアナスの腕時計をしている。電波時計で太陽電池時計なので、止まらないし時刻に狂いがなくていいなあ、と思っていたのだが「ベルトは切れるのか。」と思った。考えてみれば当たり前のことだ。
ベルトが切れたのは、腕時計の本体部分にあった支え棒のようだった。修理して使おうかとも思ったが、もう替え時なのかもしれないな、とも思った。新しいオシアナスが欲しかったこともあったし、いろんな思い出をいつまでも引きずるのが嫌だった。腕時計のベルトが切れたことで僕のなかでの1つの時代が、終わったんだな、という気がした。
試験を受ける部屋は、会議室の1室といったところだった。その部屋では昼の1時から講義が始まっていた。その奥にあるパーティションで仕切られた部分が僕の試験場所だった。受けるのは僕1人だけだった。
正直、アクセスというソフトは、仕事でそんなに使うソフトではない。そもそも会社のコンピューターにアクセスが入っていない。データベースで扱うデータ数が1000件程度であればエクセルの方が自由がきくし使いやすい。
ただ、エクセルではデータ数が1万もあるとピボットテーブル1つ作るのに時間がかかる。それがアクセスでクエリを組むとすぐにできてしまう。アクセスはデータが5000件を超えて初めて必要になるソフトだと思う。
試験会場では俺よりも遙かに年下のお兄さんが、試験の説明をしてくれる。
紙に印刷してある注意書きも持ってきてくれたが、僕は面倒なのでほとんど読まなかった。
ただ、何度も「試験内容は決して他の人に話さないでください。試験取り消しになります。」と繰り返していた。だから、本当は僕はこの試験問題について文句を言いたいことがあるけど、ブログに書くことができない。
「心構えができた段階で、始めてください。」
この試験には心構えなんか関係ないのですぐに始めた。
初めて目にした問題が1問あった。でも解決方法はすぐにわかった。
問題文自体の意味が判然としない問題も1問あった。これなら間違っていても1問か2問だな、と思いながら問題をすべて解いた。時間はまだ10分以上余っていた。
試験が終わって、次へというボタンを押していたら、「合格」という表示が出てきた。
「試験、終わりました。」
若いお兄さんを呼んだ。画面を見て、「おめでとうございます」と言ってくれる。
受かるのは当然だとほとんど思っていたので、そんなに嬉しいという感覚はなかった。
今回の試験は1000点満点中700点で合格となっていた。この基準は試験の度に変わるらしい。僕自身の点数は970点だった。
お兄さんが試験結果レポートを印刷してくれている間に「30点の間違いって、何のことだよ」とだんだん疑問が大きくなってきた。でも、それは永遠にわからない謎のままだ。
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それから、家に帰ってきて、ずっとキンドル・ファイヤーで漫画を読んでいた。
押見修造の「ぼくは麻理のなか」(アクションコミックス)を今出ている4巻まで読んだ。
ゲームとオナニーしかしていない大学生が、天使のような女子高生の体に入り込んでしまうという「マルコビッチの穴」のような物語だ。
確かに面白いけれど、ゲームとオナニーしかしていない大学生の「ぼく」を、天使のような女子高生の麻理が、隣のマンションのベランダから「いつまでもそのままでいて」とメモを書きながら見つめていた、というくだりには、「妄想も大概にしとけ」と思った。
あまりにあり得ないけれど、一部の大学生の夢って今はこうなのかなあ、なんて思いながら読んだ。
「自分を理解してくれる唯一の人が天使のような美少女だった。」
このことは、確かに素晴らしいことかもしれないけれど、そこにどれだけの価値を見いだすかは、人それぞれだと思う。もっとでかい希望は持たないのだろうか、這い上がろうと努力はしないのか、と主人公を見ながら歯がゆく思った。
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オジロマコトの「富士山さんは思春期」(アクションコミックス)も3巻まで読んだ。
こちらは中学校が舞台で、ちっちゃい男の子と180cmを超える女の子との恋をコメディタッチで描いている。
毒がないストーリーで、それなりに面白い。富士山さんは、実に男らしく、気分のいい女の子でスポーツマン。主人公が惚れる気持ちに共感ができる。ただ、俺にはこういう経験が足りなかったなあといろいろと後悔するという副作用は相当にある。
俺がとても感心したのは大きな女の主人公の名字を「富士山さん」にしたことだ。やっぱり主人公の名前はよく考えてつけないといけないよな、と思った。
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キンドル・ファイヤーでは、TEDが気軽に見られる。既に何本か見た。
ウィリアム・リーの「癌が消滅する食し方」は、感動したくらいだ。
http://www.ted.com/talks/william_li/transcript?language=ja
1か月先には診療情報管理士の試験が待っているので、そのためにもTEDをよく見て、ずっと体や病気のことについて興味や知識を持ち続けたいと思う。
そして、そろそろ本気で診療情報管理士の勉強も始めなければならない。