今から20年も昔の話しだ。当時、アメリカに住んでいた姉に手紙を出した。
左上に、目立つように姉の住所を書き、右下に小さく自分の住所を書いた。


アメリカでは、相手方の住所を右下に書き、自分の住所を左上に書く。


書いてある場所が逆だったので、僕の手紙はアメリカと日本を何往復もして、なかなか到達しなかった。最終的には、僕の名前を日本の郵便局が消してくれたおかげで、なんとか到達させることができた。


その経験があったので、アメリカ宛の手紙を送ろうとしていた担当者に、僕と同じミスをしないように注意をした。担当者はそれでびびってしまったらしく、アメリカ宛の手紙の住所を僕に書いてくれるように頼みに来た。


「しょうがねえなあ。」


まず、自分の住所を左上に書き、相手方の住所を右下に書いた。これで、完璧だと思っていた。


だから担当者から「やっぱり戻ってきてしまいました」と報告を受けたときにはびっくりした。「なんで戻ってきたんだよ!」


封筒を見て「なるほど」と思った。封筒の右下に我が社の住所が印刷されていた。それも日本語と英語を併記して。「そういうことか。」


アメリカの郵便局は、右下に印刷されている会社の住所が最終目的地だと判断したのだろう。担当者は、右下の印刷されている住所を消して、もう一度出す、と言う。
「俺がついていながら悪かったな。」と謝った。


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先週末は、地域の祭り仲間と旅行に行った。男ばかり17名の団体旅行だ。リーダーの交渉努力で旅行用のバスは大型バスだった。ゆったりしていて快適だった。


朝6時40分に出発し、7時前にはもう乾杯をしていた。台風や大雪等の災害が想定されていれば、こんなに早い時間から飲むことはまずない。「そうか。俺は今日は飲めるんだな」と思ったら、いろいろなことから解放されたような気がして嬉しかった。


昼は横浜の中華街で食事をした。重慶飯店という店だった。随分と有名な店らしくて、予約を取るのも難しいらしい。生ビールや紹興酒を飲んだ。その昔、紹興酒は砂糖なしでは飲めなかったが、今は砂糖なしで普通に飲める。大人になったんだなあ、と思うのはこんなときだ。


それから、横須賀に行き、「横須賀軍港巡り」をした。
http://tryangle-web.co.jp/naval-port/

軍艦や潜水艦がいくつも停泊している。その間を、説明を聞きながら観光船で走る。


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※この船に乗った。2階デッキの進行方向右側に座るといいという話しだった。



軍艦を見ながら、戦争の時、これだけ大きな船が沈没するっていうのは大変なことだよなあ、と思う。


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船から下りて、バスに乗り込む間にヨコスカネービーバーガーを食べに行こうと思っていたが、時間が足りなくて諦めた。


この日の夜は、川崎に泊まった。夜の宴会場所は、店員の質が低く、飲み物もなければ食べ物もないという状況が長く続いた。「これで2時間飲み放題だなんてひどい店だ。」ってみんなで話していた。


それから、多くの人はさらに飲みに行った。僕もどこか行こうと思ったけれど、うどん屋に入ってうどんを食べたら、もうどこにも行きたくなくなって、ホテルに帰ってきてしまった。


男ばかりで川崎に泊まったのに、そんなはずはないだろうと思う人がいるかもしれないが、考えすぎだ。


翌朝、チェックアウトは9時40分だったので楽だった。ゆっくり風呂に入って、朝食を食べた。昨晩、飲み放題の店でそんなに飲めなかったので、二日酔いにはなっていなくて、体が楽だった。


日曜日はまず川崎大師に行った。車の厄除けをするというすごい建物が建っている駐車場にバスを止めて、そこから歩く。


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※駐車場にあった建物。これが川崎大師なのかと最初は驚いた。



そこから川崎大師までは結構、距離があった。でも、川崎の街は住みやすそうないい街だった。


川崎大師は思ったよりもこじんまりとしていた。名物だという飴を買った。なめてみたが、飴ってこういうもんだよね、という味がした。


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※これが本当の川崎大師。


それから築地へ行った。駐車場から築地を見ると、アメ横のように人がいっぱいいて、あのなかに入っていくのかと少し腰が引けた。


築地で有名な「寿司ざんまい」という店に8人で行って、寿司を食べ、ビールを飲んだ。寿司は美味しかった。


その後、築地の街を歩いて、中トロの柵を買ってきた。多くの人はアニー伊藤の店で卵焼きを買っていたが、僕は買わなかった。


築地の駐車場から首都高はすぐだった。首都高に乗ってしまうと、もう帰るのかという思いになった。この旅ではいろんな思い出ができた。


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家には6時前に着いた。それから、服を着替えるとタクシーに乗って再び街に出た。


10年ぶりくらいに友だちに会う。彼は、僕の関係する職場に講師として来た。彼を講師として呼んだ担当者と、その関係部署の人と飲んだ。


ずっと飲み続けだったので、あっという間に酔ってしまい、途中から記憶がおぼろげだ。名物だという、イナゴやら蜂の子やらざざ虫を食べた。それから、僕が築地で買ってきた中トロの柵も切って出してもらった。でも、何を話したのか今ひとつ記憶がない。


友だちとは2次会で別れた。その段階でもう11時を過ぎていた。よせばいいのに、もう1軒ハシゴして、帰ってきたのはもう1時くらいだったと思う。


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翌日の月曜日は出張で、しかもかなり重要な会議があった。


10年ぶりくらいに会った友だちの講義は聴けなかった。朝、短い挨拶をしただけだった。次はいつ会えるだろう?


出張先の会議では、本部の偉そうな人から「全体的な話しは俺が回答するから、個別具体的な話しは君が回答してほしい」なんて言われていたのに、結局、どんな質問も全部、俺が回答をさせられた。


本部主催の会議なのに、会議終了後には「じゃあ、議事録もそちらが作ってください」なんてどこまでも自分勝手な話しだった。あんまり頭にきたので、最後は挨拶も適当にすませてさっさと帰ってきた。


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コンテストに出すシナリオがほぼ仕上がったので、シナリオを読める友だちに送って、感想を聞くつもりだった。


僕はいつも40字×40字の横書きでシナリオを作り、提出時に縦書きの20字×20字に切り替える。


今回のシナリオ予定枚数は20字×20字で50枚から60枚ということなので、40字×40字の原稿なら12ページから15ページは書く必要があった。


ところが、9ページくらいで一応、できあがってしまい、それを試しにと20字×20字の原稿用紙にしてみたら、予定枚数の60枚を超えてしまっていた。


まだ増やさなくては、と思っていたのに「削るのか!」と驚いた。


削った後、20字×20字の書式を行間隔や字送りなども含めて、もう一度きれいに作り直した。そうしたら、今度は、枚数が全く足りない。ざっと10枚から15枚は足りない。


「なんでこんなことになるんだ?」


しばらく考えて、ようやく理解した。20字×20字の原稿用紙の書式を使うと、右半分の10字×20字分だけで、1ページとワープロがカウントしてしまうのが原因だった。


「ってことは、やっぱり全然、足りないじゃん。」

土曜日と日曜日は、その足りなくなった部分の付け足しに追われた。いろいろと考えてみると、確かに必要な部分が描かれていなかったり、論理が飛躍しているところがあったりしたので、修正した。

あと、原稿用紙で3枚程度足りない。でも、まあその程度なら、何を書くかさえ決まれば、あっという間に埋まるだろう。


残された日数はもうわずか。何とか間に合わせたい。


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土曜日の夜、地震があった。かなり揺れて、気持ちが悪かった。


地震後、部下が連絡してきて「いつでも呼んでください」と言ってきてくれたのが嬉しかった。また、多くの方々が心配のメールをくれて、それもありがたかった。


幸い、僕の管内では大きな損害は発生していなかった。
これからの余震が恐ろしいが、今はただ経過を見守るしかない。


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DVDでスパイク・リー監督の『インサイド・マン』を見た。


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この映画の核は、人質全員に自分たちと同じ格好をさせ、犯人と人質の区別を不明にする点にある。なるほど、その手があったか。


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でもなぜ、この銀行強盗が行われたのかという根本的なことが、最後まで見てもよくわからなかった。大した被害もなかったんだし、闇から闇に葬ってしまえ、という上司の命令にも「すごいなあ、アメリカ。」としか思えなかった。


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一番疑問だったのは、捜査員は一度、主犯と接触したはずだった。その主犯の特徴を覚えていれば、人質といっしょに逃げ出した犯人グループのなかに、その主犯が含まれていないことに気づくはずだ。そうなれば、その主犯はまだ銀行のなかに潜んでいるはずだ。


どうして、そのことに気がつかないのか不思議だった。


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ケーブルテレビで「ピンポン」という窪塚洋介の映画を見た。


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僕はその昔、この映画を新宿の映画館で見た。そのときは、夏木マリや竹中直人の演技が今ひとつな気がして感心しなかった。


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久し振りに見て、でも胸を打つものがあった。相変わらず夏木マリの演技はどうかと思ったし、所構わずタバコを吸う姿はますます時代から置いていかれるような気もしたけれど、そんなことは映画全体から見ればどうってことはない話しだった。


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才能がない人間が報われないのに努力しているのだから、才能がある人間はそれ以上に努力をして高見を目指すべきだ、というストレートな主張が、今の僕の心を打った。


俺もサボる理由ばかり考えずに、動かなければと思った。


この映画のために、窪塚洋介も体を絞っているのがよくわかる。そういった努力が、以前見たときにはよくわからなかった。


俺も頑張ろうと、この映画を見終わったときに、素直に感じた。