職場で技術を担当している部署の人たちと球の体積の出し方を話していた。
球の体積の公式は「4πr^3/3」なんだけど、ふと、ゆとり世代はπを3で計算していたことを思い出した。
「ってことはさあ、ゆとり世代にとって球の体積は、πと分母の3を互いに消しちゃえるから4r^3でいいんだ。」
ちょっと計算してみたら、実際に5%くらいしか差がない。正確にはπ/3だけの誤差が生じるだけだ。
そう考えると、πを3にしちゃうというのも意外と使える技術なのかもしれないと思った。
僕の部署では、球の体積の計算なんかしない。一応、新人の部下に、球の体積は概数なら4r^3で計算できることを伝えたが、全く興味がないようだった。
「球の体積なんて、大学に入って以降、1回も使ったことがありません。」
「俺は、気象予報士の試験で併合過程を学ぶ際に使ったけどなあ。」
「その併合過程って何ですか?」
「雲のなかで雨の粒が段々大きくなる過程のことだよ。」
「おそらく、一生、球の公式も併合過程って言葉も使わないと思います。」
「そうなのか。」と思った。俺はしょっちゅう使っているような気がしていたけれど、それは前の職場にいたときに、昼休みに中学数学を全部やり直していたせいなのかもしれなかった。
「でも、球の公式はAKBのセンターが誰なのかっていうことよりは意味がある知識だ。」と言うと、「それはそうですね。」なんて大人の対応をされてしまった。
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そんなことをいって家に帰ってきたら、気象予報士の試験結果が届いていた。専門分野は見込み通りに落ちていた。当然のことながら実技は採点もされていなかった。
今回、15歳の女の子が気象予報士に合格したらしい。素晴らしい。僕は理系の勉強を頑張っている女の子が多くなることは、いいことだと思っている。
僕はカール・セーガン博士の「COSMOS」を読んで育ったので、ヒパチア(どうやら最近ではヒュパティアと表記するらしい)の悲劇は繰り返さないようにしたいとずっと思っている。
ヒパチアは数学と天文学を専攻したアレキサンドリアの校長だった。彼女を虐殺して、西洋は科学技術については1000年近い眠りについてしまう。ヒパチアの悲劇は、人類の悲劇でもあった。
そんなわけで、僕は数学や天文学が得意な女性は無条件に応援したくなる。実は数学や天文学は、女性の方が向いているのではないかとも少なからず思っている。
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なかなか痩せないなあ、と夜、がっつり食べながら思っていた。気象予報士の試験を受けに東京に行くまでは、4月から毎日、腹筋を鍛えていたのだが、いろいろで挫折してしまい、今では何もしていない。
このままではいけないと思い、いろんな人に相談をした。いつも健康そうな人に聞いたら「ジムに行った方がいい」と言うので、ジムに行くことにした。
ジムに行く当日、「これからジムに契約に行く」と相談をした人に言うと、その人から「寿命が10年延びる」なんて少し大げさなことを言われた。
「マジで?俺、もともと200歳まで生きる予定だったから、210歳まで生きるのかあ。ちょっと長いな。」とぼやいていたら笑われた。
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それで、木曜日にジムに行って契約をして、機器の使い方などのオリエンテーションを受けた。
ついてくれたトレーナーが「どんな希望でも目標でも、恥ずかしがらないで言ってください。それでメニューを考えます。」と言うので、「じゃあ、10kg痩せたい」と言ったら「すぐに痩せますよ。10kgぐらいなら」なんて簡単に言うので驚いた。
土曜日に体力測定をすることになった。「世界一、持久力がありません。」と正直に言ったが、「最初からできるよりも、その方がやりがいがあります。」とトレーナーの人はどこまでも親切だった。
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それで金曜日の夜は、ゆっくり休むつもりだったが、麻雀に誘われて午前1時過ぎまで打っていた。コンピューターと違い、焼き鳥だのチップだの、現実の麻雀には面倒なルールがいろいろあって、大変だ。
6回やって4回くらい1位だったから、たぶん勝ったと思う。正確な点数は、また後日計算することになっていた。
午後2時頃に寝ることにして、顔を洗った。もう眠たくて仕方がなかった。
「日頃、勉強に集中しようと思っても無理なのに、どうして麻雀ならできるのだろう?俺は何をやってるんだろう?」と夜中に顔を洗いながら少し反省をした。
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土曜日の体力測定は午後1時からだった。
身長や体脂肪を測ったり、持久力測定のために自転車こぎもした。
心配していた持久力は、同年代の平均くらいだった。
脂肪が多く、思っていたとおり痩せる必要があるようだった。
筋肉量が多いのは意外だった。発達していて左右のバランスもよかった。
多少、頑張ろうといういう気になった。
それで日曜日もジムに行くつもりだったけれど、大雨注意報が出たので自宅で待機せざるを得なくなって、行けなかった。
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鴨川つばめの「マカロニほうれん荘」を最近の若者は知らないのだという。
アマゾンに売っていたので、全9巻まとめて買った。
破壊的なギャグは未だに面白く、コマのなかの丁寧な描写にも時代を感じた。
セリフが長いことも意外だった。昔のマンガはこんなに饒舌だったのかと思い直した。
例えば7巻で、きんどーちゃん40歳とトシちゃん25歳が歯医者に行ったときは、わずかなコマのなかでこんなにしゃべっている。
○歯医者
きんどーちゃん「トシ 決めた?」
トシちゃん「ええ トシちゃんはこれだけ」
看護師「つぎの方どーぞ」
トシちゃん「この本借りてもいーですか?」
看護師「うちは図書館じゃありません」
トシちゃん「それじゃどこなんですか?」
看護師「歯医者です!」
トシちゃん「そーするとここは一見 図書館に見せかけておいて客をだまし 悪くもない歯を抜きとって金もうけをたくらむ悪質な暴力団の事務所なんですね」
看護師「ちがいます!」
トシちゃん「きんどーさん あんなこといってますけど」
きんどーちゃん「この女は大ウソツキで有名な女なのよ!おまけに金はないわ器量は悪いわ頭はカラッポだわで その上パンツもなければとりえもない!で 性格は凶暴で手のつけられない大酒飲み!前科6犯逮捕9回!雑食性のハ虫類で主にアフリカに住むが日本で発見されるのは大変めずらしいというどーしよーもない女なのよ」
看護師「うわーっ(泣く)嫁入り前の娘をつかまえて そんなのってあんまりよっ!ひどすぎるわー。あーん、あーん。」
きんどーちゃん「あんた嫁入り前にしちゃあ体の線がくずれてるわね。」
トシちゃん「ねん土がまだよく固まってなかったんじゃないですか?」
昔は夢中になって読んだものだが、今はかなり醒めた目でしか読めなくなっている。
きんどーちゃん40歳もトシちゃん25歳も、昔はもっと大人のように感じていた。
このマンガのなかの世界は、自由で無責任。どこまで面白さのみを追求できるかの実験的な作品だ。ロックへの愛も感じるが、反社会的な行動には甘えも感じる。
現実の重みを感じている今の僕は、もうこのマンガで描かれているような居心地のいい世界には2度と戻れないことを知っている。
最後まで面白く読んだけれど、この本に描かれている若さを失った今の僕には、苦いものが残った。
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映画「リアリティ・バイツ」をDVDで観た。
この映画は、先日、前の職場の同僚と一緒に飲んだときに、25歳の別部署の部下から紹介されたものだ。
俺たちの世代を描いている。
この映画を彼がどうして観ようと思ったのかは俺には理解ができないが、この映画同様に、俺たちの世代の人間は、何かしらの夢を見てそして現実社会に噛まれて、夢を捨てて生きている。
映画では、現実に順応して賢く生きる男ではなく、最後まで夢を見続ける男を彼女は選択するが、それが正解だったのか、間違いだったのかは誰にもわからない。
最近の若者は夢を見ない。見てもとてもリアリティーのある夢を見る。だから傷つかなくて済む。うらやましくもあるし、何よりそれが賢い生き方だ。愚かな夢を追うことは、後悔ばかりの人生を歩むことになる。
それでも、上手に生きることがそんなに大切なのか。人生を振り返ったとき、貝殻のようにカラッポでいいのか。人はどう生きるのが正解なのか、そういうことをこの映画を観て考えた。
いい映画だと思う。この映画を「ズーランダー」のベン・スティラーが監督していたことが驚きだった。こういう映画を撮るだけの人間的な幅を彼に感じた。
U2の「All I Want Is You」なんて曲をこの映画のなかで初めて聴いたけれど、効果的に使われていた。U2はこういう初期の頃の曲が僕は好きだ。
いつか、僕がよくいく昔のロックが聴ける店に行って、この映画を紹介してくれた若者にビールをおごってやりたい。
ちょっとバカバカしいけれど、この映画には欠かせないナックの「マイ・シャローナ」でも聴きながら。
