今年から配属になった新人が、電気使用量についてkwhなんて書いてきたので、「ワットは大文字のWだ。」と訂正させた。「基本的に、人の名前が単位になっているのは、大文字だ。ボルトだって、摂氏だって、ニュートンだってみんな大文字だろ?」
「ニュートンって何ですか?」
「ニュートンを知らないの?高校で習わなかったのか?それなら中学生の頃、kg重って習っただろ。あれは質量×重力加速度だから、kg・g(重力加速度)だけど、理屈ではあれもニュートンだ。」
「高校では、習ってないです。それに中学でも習ってないです。」
「そんなことないだろ。上皿天秤で測れば月でも地球でも1kgだけど、バネばかりで測ると月では重さが6分の1になるって、習っただろ。その差は重力加速度だって。」
「そうでしたっけ?とにかく、僕の世代は化学を専攻しない限り、元素の周期表も知らないし、ニュートンとかも習いません。」
「ニュートンは物理だけどさあ。じゃあ、ハロゲンのふっくらブラで洋子がアタック(フッ素F、塩素Cl、臭素Br、ヨウ素I、アスタチンAtの語呂合わせ)とかも知らないの?」
「なんですか?それ。知りません。知っているのは、Hが水素とOが酸素だけです。」
そうか、知らないのか、と思った。「とりあえず、ワットのWは大文字で書け。」とだけ言っておいた。気象予報士の正式な解答が出て、専門科目の自己採点の点数がさらに下がり、15問中たったの9点だった今の僕には「そんなことも知らないのか」とは口が裂けても言えなかった。あれだけ努力したのに15問中たったの9点。そのことを考えると、悔しさや怒りや悲しみの混在した感情に襲われる。熟考して、答えを代えた問題も間違えているという事実が、またいっそうやり切れない思いにさせられる。
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気象予報士の勉強を本格的に始めた頃、テレビのケーブルアンテナへの電源供給を止めてしまった。そして、電源供給するのが面倒で(コンセントを入れるだけなので、大したことはないけれど)、最近はテレビ番組を自宅では一切見ていない。
いいことなのか悪いことなのかわからないが、テレビ番組がなくても生活には全く困らないことを改めて自覚した。これからしばらくも、テレビなしの(DVD再生機としては使うものの)生活を続けるつもりだ。
本当は、「雰囲気ゲー」と呼ばれる「ico」や「ワンダと巨像」といったプレステ3のゲームも買ってプレイしたい気持ちがあるのだが、購入から設定までが面倒くさくてやる気にならない。これも年を取ったということだ。
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今週は毎晩、秋祭りの準備に地区の集会場へ行った。準備作業後には必ず飲み会があった。
そんなわけで、1週間の間、毎晩10時過ぎまで飲んで、翌朝は毎日眠たかった。この準備は来週も1週間続く。
土曜日には野球の試合が朝から午後まであった。僕は、2軍の補欠だった。前日の午後6時まで大雨注意報が、そして土曜日も午後6時から注意報が出たのに、試合の間はよく晴れていた。
試合前の練習のノックで、僕は左足を捻ってしまい、ふくらはぎを痛めた。痛くてまともに歩けなかった。
それでも2試合で2打席、打たせてもらった。1打席目は3塁ゴロで2打席目は3球三振だった。最近、練習をしてないとはいえ、ひどい有様だった。
2試合目は先発投手の大不調で、1回に13点も入れられてしまい、なんだか大味の試合だった。2試合目、打席が回ってくるまで、僕は3塁の塁審をしていた。1回に13点取られたピッチャーは2回からはレフトを守っていた。よく見ると、左手にグローブをつけていなくて、右手に持っていた。「疲れすぎてやる気がなくなったのかな?」と思った。
レフトにフライが上がったとき、彼が右手のグラブのままボールをつかむのを見て、そう言えば、彼は左利きだった、ということを思い出した。
僕たちのチームは結局2敗して4チーム中、最下位だった。1軍は当たり前に優勝した。
でも、なんだか楽しかった。2試合目に試合直前にダラダラとベンチに来た若者2人に「当然、キャッチボールしてきたんだろうな」と偉そうに言うと、「ええ。言葉のキャッチボールを。」なんて言うので笑った。
日曜日も朝から祭りの準備がある。そして、来週の10日からはいよいよ診療情報管理士の科目試験が始まる。そんなわけで来週は、祭りの準備、それから祭り本番と、科目試験が重なってしまう。それから盆明けからずっと天気が悪く、職場に呼び出されることも多い。コーディングの方法などすっかり忘れているのに、復習をしている時間もない。大丈夫なんだろうかとも思うが、なんとかするんだろう。
そして、僕は今、診療情報管理士の勉強はもちろんだが、それ以外に、気象予報士の勉強も続けたいし、テレビドラマの脚本作成や英語の勉強もしたい。やりたいことはいろいろとあるのに、仕事とか家事とか面倒なことが多いなあ、と思う。でも、まあそれもなんとかするんだろう。
そして、考えすぎて途方に暮れたとき、来年の今頃、僕はどこで何をしているのだろうかと思ったりする。できることであれば、少しは時間的にも精神的にも余裕のある、幸せな環境にいることを望みたい。きっとそうなると信じている。