土曜日にイベントを開催した。5月に突然、降ってきたような仕事で、僕は責任者にならざるを得なかった。


もっとも、こういうイベントの企画・立案はそんなに僕は苦手な仕事ではなく、企画会議で出た意見をまとめるのも、そんなに苦痛ではなかった。
最終的には17ページほどのマニュアルを完成させ、20名を超えるスタッフに配布して、流れを理解してもらった。


イベント自体の盛り上がりはまあまあだった。着ぐるみを2体出して、子どもの受けを狙ったけれど、その対象となる子どもがあまりいなくて「かわいいのになあ」と残念に思った。


午前中にイベントは終了し、午後2時30分から打ち上げになって飲んだ。今回も飲みすぎて、日曜日の午前中はほとんど動けなかった。


ようやく、2日酔いの苦しみから解放された夕方になって、今度は大雨注意報が出て、僕は当番だったので会社に行かざるを得なかった。でも、全然雨は降っていなくて、注意報が解除されるのをひたすら待つのが仕事だった。


注意報は夜の11時30分に解除された。日曜日には冷房が効かない職場なので、とにかく暑くて「降水もないのに勘弁してくれよ」という気分だった。


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ダニス・タノヴィッチ の映画「ノーマンズ・ランド」をDVDで見た。


My Kiasu Life in JAPAN-nomansland

http://www.zimbio.com/watch/D2YfbDSZXFO/No+Man+s+Land/Branko+Djuric

ボスニア戦争が舞台のこの映画は、ユーモアにあふれているが、恐ろしさも際立っている。僕はいろいろと考えさせられた。


My Kiasu Life in JAPAN-nomansland1

敵軍の兵士の死体の下に、地雷を設置する。この地雷はEU製で、踏んだあと足をどけると1メートルほど飛び上がり、45メートル四方に鉛の弾を弾き出すとんでもない地雷だ。


My Kiasu Life in JAPAN-nomansland2

この地雷の上に乗せた死体が、実は死体ではなく、まだ生きていたことからドラマは複雑になる。助けに来た国連軍は、結局、誰一人として助けられないし、ジャーナリストも放映すべきことを見つけられない。


地雷のうえに寝かせられ、結局「助けられない」と匙を投げられた兵士の姿に、この戦争に対して無関心だった僕は罪悪感を感じた。彼は寝返りもうてず、死ぬこと以外は何もできないのだ。


見終わった後、ぐったりと疲れた。