12月31日に実家に帰り、そこで新年を迎えた。


8時過ぎに目を覚まし、一応、初詣に行こうと思って実家から5分程度のところにある神社に向かう。
この神社に来るのも久し振りだ。


幼稚園から小学校の間、僕はよくこの神社で遊んでいた。
寄進者名を刻んだ大きな板をバックネット代わりにして、よく野球もしていた。
当時、階段を上がった部分にまでボールが飛んだらホームランだったのだが、今見ると神社は意外と狭く、大人の目から見るとセカンドフライでもホームランになりそうだった。


境内には地元の方々が多数いた。でも、話しかけられたら面倒だと思ったので、賽銭箱にお金を放り込むと、何も考えずに頭を下げて、それで僕の初詣は終わりにした。


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家に帰って、ポストを開けると年賀状が届いていた。


その昔、まだ祖父がいた頃は、祖父と母を中心に、僕の家には2000枚近くの年賀状が届いていた。
郵便ポストに入りきらない、2つのブロックのような年賀状が届くのを、僕は当たり前のように思いながら見ていた。


今考えると、それだけの年賀状が届くということは、こちらからもその位の数の年賀状を出していたわけで、当時はそれも全て手書きだったことを考えると、気が遠くなるような作業だったのだろうなあ、と思う。
今年、実家に届いた年賀状は20枚前後だった。


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年末に庭代とか檀家代だとかいろんな集金があり、姉に代わりに払ってもらっていた。
それをまとめて返しに行こうと1月1日に電話をしたら、姉の家で飲むことになった。


姉の家で義兄と昼からビールを次々と飲み、正月らしい食事をした。
おせち料理なんか俺には今年は縁がないと思っていたので、いろいろ食べることができて意外な正月になったなと思った。


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2日にはまた長野に帰ってきた。


4日に1日だけ出勤すれば、あとは休みという絶好のスケジュールにも関わらず、この数日間、僕は全く勉強をしなかった。
勉強しなくてはという思いはあったのだけれど、ネット麻雀やゲームをしていて、なかなか勉強に手に付かなかった。


「こんなことなら、タイにでも旅行に行ってくればよかった」なんて思う。
自己嫌悪で死にたいくらいだ。


もうこうなったら、13日のTOEICはどんな点数でもいい。ただ、絶対に逃げずに試験を受けろ、と自分自身に対して思う。何かしら理由をつけて試験からも逃げ出しそうな腰抜けぶりなのだ。


「勝利も敗北も知らない臆病者になるよりは、挑戦する勇者となれ」セオドア・ルーズベルトの言葉。


せめて、挑戦だけはして、これ以上、自分のことが嫌いにならないようにしようと思った。
その後のことは、その後の俺がきっと立ち直って何とかしてくれるはずだと、そう僕は思っているし、自分自身に期待している。


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「プライベート・ベンジャミン」を見た。


My Kiasu Life in JAPAN-privatebenjamin

見終わって、なんだか、この映画の内容を知っているような気がして自分のブログを調べてみたら、確かに7年前に見てるよ。



My Kiasu Life in JAPAN-privatebenjamin1
どうせ見直すなら、ゴッド・ファーザーでも見直せばいいのに。

2等兵ということであれば「プライベート・ライアン」でもいい。
こんなくだらない映画をまた見るなんて。


My Kiasu Life in JAPAN-privatebenjamin2

精神的にダメなときは学業のみならず、遊びも他の娯楽もボロボロだ。
ネット麻雀も負けばかりだったし。


自分自身に対して、本当に情けなくて残念な気持ちでいっぱいだ。