仕事で呼ばれた先の事務所で、事務員がドアの鍵の滑りが悪いと話しをしていた。
「鍵穴に、機械油でも差せばいいんじゃない?」
なんて話しをしていたので「そうすると、一時的には滑りがよくなるけど、使っているうちにほこりがくっついて、かえって滑りが悪くなるから、やめた方がいいよ。鉛筆で、鍵を塗ったり、鉛筆の芯を砕いたものを鍵に振りかけたりするといいんだよ」と話した。
「どうして、そんなことを知っているんですか?」って聞かれたけれど、どうして知っているのかわからなかった。生まれたときから知っていたような気がした。
鉛筆の芯が鍵穴に効くことは、なぜか知っているけれど、法学検定の世界では「どうして俺はこんなことも知らないのだ!」ということが多すぎて悲しい。
「集団強姦罪」なんて構成要件があることすら知らなかった。問題集を解いているとき、強姦の共同正犯って結論がなくて「んにゃっ?」と思った。「集団強姦罪」かあ。
平成になってからの重要判例も山ほどあり(もっとも、昭和時代の重要判例だって知らないのがいっぱいある)、そんな判例を見るたびに「初めまして」と挨拶しなければならない。そして、それらの判例がまた、憎らしいほど賢い。そんな判例を「俺、どこかの国に追放されていたんだっけ?」っていうくらい僕は知らない。
債権の2重譲渡についても、俺が昔、勉強していた頃は、確定日付のある通知が同時に債務者に届いた場合は、「どっちに払ったっていい」という、冷静に考えるとちょっと乱暴な結論だったように思う。
ところが、今の問題集を見ると、「そういう場合は、債務者は供託する」のだと至極、もっともなことが書いてあり、さらに、「供託金の還付請求は債権額で按分される」のだという。そういう判例も、もうあるらしい。
こういう問題集の解答を読むたびに、「そういうのを、なんで俺は知らないんだろう」と心底がっかりしてしまう。涙で問題集が滲んじゃって、本当に問題集を解くのがつらかった(言い訳)。
それでも金曜日の深夜12時30分頃に、ようやく法学検定試験の問題集(「法学検定試験問題集スタンダード中級コース〈2012〉」 法学検定試験委員会編 商事法務)を一通り終えることができた。
今回、久し振りに問題集を壊した。なにしろ990ページもある問題集なので、寝ながら勉強をしていると重くて仕方がない。そして僕は基本的に寝ながら勉強をする。
それで、科目ごとにナイフで背表紙を切って、セロハンテープを貼って使った。風呂に入ったときも、その分断した問題集で勉強していた。
土曜日は、迷ったけれど、その復習をすることにした。1時間の間に法学一般、憲法、民法、刑法、民事訴訟法をそれぞれ10問ずつ解くことにした。理屈の上では、12時間くらいあれば、何とかすべて終わらせることができる。
いつものように、できなかった問題に付箋を貼っていく。一通り終わったら、次に、付箋のついた問題だけを解いて、解けたら付箋を剥がす。それを何回も繰り返し、すべての付箋が剥がれれば終了だ。
解いてからまだ日が浅いので、答えの選択肢を覚えている問題もある。そういった問題は、答えを確認したら終了。だって、そんな問題の解説なんか読んでいたら、とても1日では終わらない。
朝早く起きたので、俺はやる気があるなあと思っていたんだけれど、2時間ほどで失速し、あとはテレビを見たり、ネット麻雀なんかしたりしてなかなか勉強ばかりをしっかりやるという訳にはいかなかった。それでも、風呂に入ったりしている間は、しぶとく勉強をしていた。
本気を出したのは午後8時過ぎで、これではとても土曜日のうちには勉強は終わらない。
深夜12時30分には力尽きて寝てしまった。それでも、民法以外は一応、全て終わらせることができた。
翌朝は起きた瞬間から勉強をした。長野から東京行きの新幹線に乗っているうちに、民法もなんとか終了した。それで、かなり迷ったけれど、「法学検定試験問題集ベーシック基礎コース〈2012〉」 (法学検定試験委員会編 商事法務)も以前から解いていて、残り50問程度だったので、それも解いてみることにした。でも、あまり気乗りはしていなかった。
試験会場は神田にある専修大学だった。
水道橋駅で電車を降り、ベローチェという喫茶店に入った。入った瞬間からタバコの煙と、競馬新聞を片手に真剣に未来を垣間見ようとするおじさん達の熱気に圧倒された。
まだ1時間ほど時間があったので、そこで、ベーシックの残りの問題を解き終わった。
それから専修大学まで歩いた。水道橋にはLECなどの司法試験予備校や登山用品店がある。大学時代、僕は司法試験予備校に通っていたので、水道橋は馴染みが深い。僕は結局のところ才能がないのに、登山と司法試験に青春を浪費してしまったんだよなあと、いろんな後悔が頭をよぎったけれど、もう全てが取り返しのつかないことで仕方のないことだった。
専修大学に着いてからも、まだ30分ほど時間があった。もう勉強するつもりはなかったけれど、ロビーでみんなが勉強しているので、僕もそのうちの一つのテーブルに座った。
基本的に、みんな同じスタンダードの問題集を解いている。斜め前に座った女の子は、厚い問題集にラベルシールを貼って、科目が見やすくなるようにしていた。そして、色とりどりの蛍光ペンで、きれいに解説にマークがされていた。こうやって勉強するのか、と思った。でも、俺にはそんな根性はどこを探してもないな、とも思った。僕は座って勉強するのが嫌いなのだ。
僕はもともとナイフで切った問題集だったし、風呂の水でふやけたページがあるようなものだったので、なかなかそれをテーブルに出そうとは思わなかった。それでもと思ってカバンを開けたら、タバコのこもった臭いが立ち上がり、その臭いに自分が弱った。「これはダメだ」と思って、勉強するのをやめた。
大学近くのコンビニに行って、消臭スプレーを買ってきた。気がつかなかったけれど、全身からタバコの臭いがする。大学の構外で全身にスプレーをかけたけれど、なかなか臭いは収まらなかった。
試験会場に入ったとき、さすが法学部の試験だ、と思った。TOEICの試験会場には、おしゃれな女の子が結構いるものだが、そういう女の子はほとんどいない。おしゃれな女の子というか、女の子そのものがいない。ほとんど男ばかりだ。かなりダサイのも僕的にはとても好感が持てる。ジャパンタイムズとかかっこつけて読んでいる訳のわからない親父とかもいなくて(いるのは長野だけか?)、そういう点も気に入った。
試験会場で、ふと考えてみたら、僕は試験時間も問題数も知らなかった。それでマークシートが配られたとき、75問もあるのに驚いた。試験時間は2時から4時30分までの2時間30分。75問を2時間30分で解くとなると、1問に2分しかかけられない。思わず、受験票に時間配分を書いてしまい、それから、「こういうのは不正かもしれない」なんて余計なことを考えて、新品の消しゴムで消そうとした。
そうしたら、新品のはずの消しゴムがひどい劣化をしていて、粘土のように紙に張り付いてしまう。なんてこった、と思って慌ててカバンから古くから使っている消しゴムを取り出した。試験前に消しゴムがこんなことになっていると気がついてよかった、と思った。
試験が始まってすぐ、前の席に座っている奴の携帯電話が鳴り出した。「あれほど試験官が携帯の電源を切れと注意していたのに。こいつ、どうなるんだろう」としばらく様子を見ていた。試験官が来て、そいつは謝りながら携帯の電源を切り、また試験に戻った。
その顛末を、僕はずーっと見守っていた。1問2分しかかけられないのに、俺は何を見物していたんだ、と自分を呪いながら、試験問題に取り組んだ。
前日、見たはずの問題がけっこうあった。感覚的には7割くらいは問題集からそのまま問題が出されている感じだった。だから、見た瞬間に答えがわかるものも多かった。それで、全て解き終わったとき、時間は1時間以上、余った。
考えてもどうしようもない問題が何問かあった。それはあきらめるしかない。随分と早く解答用紙を提出すると帰路についた。
長野駅で新幹線を降り、地方の線路に乗り換える。シカが電車にぶつかったので、出発が少し遅れるというアナウンスが流れた。「クマが出たり、シカが出たり大変だな、長野も」と思った。
それから長野駅で寒さに震えながら、「本・雑誌」と書かれたゴミ箱に、ぼろぼろになったバラバラの問題集を捨てた。「受かっているかどうかはわからないけどさ、今回、なかなか君はよく勉強したよ。いい加減な勉強方法だけどね。でも、まあ、俺としてはよくやったよ。」なんて思った。
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辰巳法律研究所が発行している「法律入門 判例まんが本4 憲法の裁判100」を読み終わった。
俺は本当に判例を知らなくて、一番勉強しているときでも、「憲法の基本判例」すら読み終わらなかった。
まんがを描いているのも素人ではなく、かなり勉強をしている人なのだろう。要点を捉えていてわかりやすい。これを読むとひととおり、判例を知った気になる。
社会のニーズに合っているのかどうかは知らないが、俺のニーズには適合している。いい本だなあ、と思った。