金曜日は午後休んで、新宿の歌舞伎町に行った。会社を経営している年上の従兄弟と、それから友だちと3人で飲むことになっていた。


美味しい日本食を食べさせてくれる店で、松茸とあわびのすき焼きなど、かなり贅沢なものをごちそうになった。


ところが、従兄弟と話しているうちに、僕はまるで友だちであるかのような感覚になってしまい、今から考えると随分と馴れ馴れしい感覚で話しをしていた。
従兄弟は優秀な経営者なのに、まるで自分も同じ分野で成功したかのような無礼さが僕にはあった。そんな知識も能力もないことは100も承知だが、僕は酔ってくるとそんな風になってしまう。僕は基本的な社会人としての常識がまだ(!)身についていない。


それからもう1軒飲みに連れて行っていただいたが、その店の記憶がとぎれとぎれになっている。飲み過ぎたのだ。


翌朝、ホテルのベッドで起きたとき、ノドがからからで、若干、気分が悪かった。「これは確実に飲み過ぎだ」と思った。


それからふと、昨日、ホテルに帰ってきたあと、なぜかもう1軒飲みに行く気になり、ホテルを出たら、従兄弟と友だちがホテルの入り口に立っていて、何度も部屋で寝るようにと説得されたことを思い出した。


それでも、僕は出て行ったらしい。そのあたり記憶が定かではない。でも、結局飲みには行かず、コンビニに寄って帰ってきたようだ。ホテルの部屋のゴミ箱を見たら、行った記憶がないコンビニの袋が出てきたから、多分そうだったのだ。まさか記憶が何もないのに、飲みに行ってまではいないだろう。


そのとき、たぶん僕が頭に描いていたのは、火星探査機キュリオシティー(好奇心の意味)が火星で水の痕跡を発見したことで、それで自分も何かを発見したかった。まさかそんなバカな理由でと思うかもしれないが、そのときは真剣にそう思っていた。


友だちにメールをしたら、従兄弟が「心配してましたよ」とのこと。どこまで従兄弟に迷惑をかければ気が済むのだと、自分を呪った。


ホテルを9時30分頃にチェックアウトをして、長野に帰るつもりだった。歌舞伎町の街を歩いていたら、突然「どう?キャバクラ?」と客引きの人に言われて驚いた。こんな朝からキャバクラが営業しているのか?やっぱり凄いところだな、歌舞伎町は、と思った。もちろん、そんなところに行けるだけの精神状態でも身体状態でもない。


歩くたびに自分が思ったよりも、重い2日酔いだということがわかってきた。これでもし、もう1軒飲みに行っていたら、もうホテルで起き上がれなかっただろうと思った。それから、飲みに行った先でお金も使い切って、カードも使っていたと思う。僕は、酔ってくると、まずは満腹感がなくなり、次に金銭感覚がなくなる。だから、僕は従兄弟と友だちに本当に救われたのだ。


大宮で新幹線に乗り換えて、また長野に帰ってきた。
新宿駅を出るときからずっと本を読んでいた。


長野駅に着いたときには、2日酔いもだいぶ軽くなり、そばを食べて自宅に戻った。まずは従兄弟にお礼とお詫びのメールを書いた。それから、本の続きを読み始めた。


読んでいるうちに、急に腹が痛くなっていて、脂汗が止まらなくなってきた。今まではまだアルコールのせいで脳が麻痺していたけれど、いよいよ本格的な回復期に入ってきたということなのだろうと思った。苦痛にきちんと耐えようと思って耐えた。僕は十分に苦痛を受ける資格がある。


痛みは午後5時頃に薄らいだ。それからも本を読んだりぼんやりとテレビを見たりした。汗をかいたせいか体が軽かった。ちゃんと体も鍛えて、いろいろと人生をやり直そうと思った。英語の勉強も、それから法律の勉強も。


日曜日には久しぶりにジムに行って、30分程度マシンを使って体を動かした。それでもまだ体の遠いところで、2日酔いの余韻が残っている。
従兄弟からは、温情にあふれたメールを受け取った。
「しっかりしろ」と言われたようで、申し訳なさと同時に、いろいろと頑張ろうと思った。


今回、読んだ本はジョセフ・フィンダーの「最高処刑責任者」(新潮文庫)の上・下巻だった(原題の直訳は「闘争本能」)。


My Kiasu Life in JAPAN-killer instinct 1

My Kiasu Life in JAPAN-killer instinct 2

人当たりがよく、上司以外の誰からも好かれる日系企業に勤める白人の営業マンが交通事故を起こし、元陸軍の特殊部隊にいた男と知り合いになることから話しは始まる。


この特殊部隊にいた男は信じられないほどの高い能力を持っていたため、営業マンは彼を会社の保安部に推薦し、就職させてあげることにする。


そのお礼なのか、他社に横取りされた営業もなぜか取り返すことができ、どんな無理難題を上司に言いつけられても、対応可能な情報を、この男から手に入れることができるようになった。ライバルは大切な取引で失態を繰り返し、営業マンは一気に昇進をしていく。


ところが、競合他社の個人情報が手に入るうちはまだよかったが、競合他社の失態や仲間の自殺、事故などにもこの男が絡んでいることがだんだんとわかってくる。「味方であれば心強いが、敵であれば最悪」のこの男と「口先だけで金を稼ぎ出す」営業マンとの戦いになり、読んでいて飽きなかった。


「忘れるな。風を操ることなどできはしない。操れるのは唯一、帆だけなのだ。」


示唆に富んだ台詞も多い。ジョセフ・フィンダーの作品の優れている点は、「侵入社員」のときもそうだったが、取材を徹底して行っているところだ。最後に取材協力者の名前が羅列されているが、半端な数ではない。今回も日系企業であるNECに相当に取材を行ったらしい。


フレデリック・フォーサイスの「アフガンの男」(角川書店)の上巻も読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-the afgan1

この本は、それこそ知識の羅列が多く、読者を引き付けるようなストーリーをあまり持たないが、ノンフィクションの傾向の強い本はリアリティを持たせるためにそのようにしているのだろう。このような本の方が好きだという人も理解できるが、僕好みではない。しかし、きっといつかは下巻も僕は読むのだろうとは思う。