木曜日に寝ようと思ったら、足のくるぶしの辺りに痛みが走った。
久しぶりに「来た」と思った。痛風の発作だ。


そういえば、ここのところ毎日、肉料理ばかり食べていた。一応、気を遣ってチキンにしていたけれど、圧倒的に肉料理が多かった。


それから最近、どうも勉強や運動に対する意欲が減退していて、何かがおかしい気がしていた。俺のどこかに何かが起きているような気がしていた。血液だったのか。


大昔にもらったウラリットの錠剤を飲んで、冷たいシャワーを足にかける。応急処置はいつの時代もRICE処置だ。とにかく患部を冷やすこと。


シャワーをかけて、湿布をする。その頃には痛みが増して、歩けないほどになっている。とにかく炎症を押さえ込まなくては。


その日の夜は、痛みで何度も目を覚ました。翌日は出張で、かなりの長距離を運転しなくてはならなかった。「痛風で出張中止ってわけにはいかないものか」と思ったりする。何度も湿布を貼り替えているうちに、痛みが少し和らいで来たように思う。昔見た尿酸の結晶画像が頭に浮かぶ。俺の血液は今、光に透かしてみるとキラキラと光り輝くのだろうか、と思ったりする。


My Kiasu Life in JAPAN-尿酸の結晶
これが尿酸の結晶。キレイ。でも痛そう。マジで痛いんだって。


痛風のコントロールをするために、薬を飲めとよく言われるけれど、僕はどうも薬が苦手だ。あんまり信用していない。ウラリットも、血液のPHを調節するだけだから、本当に発作を起こしたときには意味がないらしいけれど、こんな時ばかりは「きっとよくなる」と信じて飲む。


ウトウトと眠るたびに、妙にリアルな夢を見る。


友だち数人と会う約束をしていたのに、仕事に夢中になってすっぽかしてしまう。1次会が終わる頃にようやく会場にたどり着くと、友だちが店を出てくるところだ。


「久しぶり」声をかけるが、表情は暗く「こっちも忙しいのにおまえは。まったく」と僕を避けるように帰って行く。


自分もそれほどの忙しい仕事ではなかった負い目もあるが「早く来い」と電話してくれてもよかったんじゃないか、なんて思う。それから「これは現実だよな。夢じゃないよな」なんて考えたりする。「やっぱり現実かあ」なんて夢のなかでがっかりする。


そんな夢を何本も見た。夢がリアルで意味があるのはたいへんに面白く、僕は嫌ではないけれど、朝起きたとき、あまり寝た気がしなかった。


朝になったら、痛みはかなり引いていた。一応湿布を貼ったが、痛みは多少感じるものの普通に歩ける程度までに回復していた。


なんとか、金曜日の出張は無事に終了した。なんだかすごく疲れていて、夜の9時頃に寝たら、土曜日の午前8時過ぎまで寝ていた。
体の痛みはかなり軽減されていた。


土曜日から月曜日まで実家に帰った。


今年は姪の新盆に当たる。日曜日には姪にお参りをし、夜は食事会になった。
「最近、痛風の発作が出たので、ビールはちょっと。」なんて言っていたけれど、そういうわけにもいかない雰囲気だったので飲んだ。ビールのあとはウイスキーも飲んだ。その頃にはもう痛風なんてどうでもよくなっている。


ごちそうになって、家まで代行で帰ってきて寝た。
寝る前に小便をした。水を流して、ベッドに潜り、死んだように寝た。


夜中にふと起きて、もう一度トイレに行こうとして驚いた。
小便器から水があふれ、廊下にまで達していた。
「なんじゃこりゃあ。」


小便器のなかを見たがそこにはもう水はない。
とりあえず、もう一度小便器の上のボタンを押してみる。水が流れる。その供給量が多すぎるのか、排水能力に問題があるのか、みるみるうちに水が小便器からあふれ出していく。でも、一定時間が過ぎれば、水の供給は止まる。こんな実験をして「ふーん」なんて感心しているのも、酔っていたからだ。


「ああ。もう。まったく。」
あふれ出した水をバスタオルを何枚も使って拭き取る。普通でも大変な作業なのに酔っていたから、よりたいへんだ。こんなことなら、誰でもいいから(小便器が壊れて水があふれ出していたら、それを拭き取ってくれる人であれば)結婚すればよかったよ、と後悔や反省をする。


翌朝、水道設備の業者に電話をしたら、休みで緊急時以外は今日はダメだという。これはどう考えても「緊急」ってほどではない。今は水が止まっているんだから。来週なら大丈夫というので、全く予定していなかったけれど、また来週、実家に帰ることになった。「やれやれ」という気分だった。


手嶋龍一の「スギハラ・ダラー」(新潮社)を読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-sugiharadollar

例えば、9.11では「世界中のテロリストグループが大儲けをし、次のテロの資金を稼いだ」など、本当か嘘かあまりよくわからないような話が、世界情勢に関する膨大な知識とともにつづられている。娯楽仕立てになっていて、飽きずに面白く読める。


印象深い話はいくつもあった。この小説のなかに「愚者は体験から学び、賢者は歴史から学ぶ」といった言葉が出てくるが、歴史を学ぶ意味を、これだけ簡潔に示した言葉もないと思う。


また、華氏を摂氏に変えるという方法は、今までもいろんな本を読んで知ってはいたが、今回、本当に覚えた。華氏を摂氏に変えるには、華氏から32を引き、それを5倍して9で割るのだそうだ。ということであれば、ざっと出すのであれば、30を引いて2で割ればいいことになる。


ラストシーンは金沢のお座敷が再現されている。芸者遊びなどおそらく一生縁のない僕には情景がなかなか浮かばない。お座敷太鼓で囃してもらいながら、先物取引をするというのは、情景として感動的なシーンなのだろうか?なにしろお座敷太鼓がよくわからないのでわからない。


また唐突に「金融危機を引き起こしたのはアメリカの金融官僚で、彼らに適切な対処ができるはずがない」という主張がされるのも、アメリカの金融官僚こそがダメだったという事実が示されていないために、どうしたらそのような主張になるのかよくわからない。そして、結局、どうしたら金融危機が回避できるのか最後まで道筋が示されなくて、読み終わったあと「うーむ」と唸るしかなかった。


作者が知識が豊富なのは本当によくわかったし、面白く読めたのは事実で、今後も彼の小説を読みたい気分にはなったけれど、どこか乗り切れない小説ではあった。


「NHKスペシャル 驚異の小宇宙 人体 3 消化吸収の妙~胃・腸」を見た。


My Kiasu Life in JAPAN-人体3

胃液は塩酸でできていて、それでタンパク質を分解するが、胃自体は粘膜で守られているために消化されないのだという。
ところが、この粘膜はアルコールや医薬品など、人工的に作られたものに対しては無力で保護ができない。空きっ腹にウォッカを飲むと胃の粘膜が胃を保護できず、粘膜が破られて、胃の血管に沿って、出血する。その出血した映像を見て、うわっと思った。
空きっ腹にテキーラを飲んだとき、胃が焼けるようだと思っていたが、本当に火傷のように出血しているとまでは思わなかった。もう2度とやらないように心がけたい(しかし、やっちゃうんだろうなあ。俺は。)。


「NHKスペシャル 驚異の小宇宙 人体4 壮大な化学工場~肝臓」も見た。


My Kiasu Life in JAPAN-人体4

肝臓の細胞は1つで500種類以上の化学処理を行うのだが、肝臓にはその細胞が2500億個もあるのだそうだ。そして、肝臓は半分切ってもまた再生する。それはどうも核が2つあるのが原因らしい。
「ふーん」と思いながら見ていた。そもそも、僕は肝臓の位置からして今まで全然間違ったところをイメージしていた。


この番組を見るたびに、体ってよくできてるなあって思う。ただ、これが1989年製作で、今なら全く同じコンセプトで作ってもさらに素晴らしいものが作れそうなのに、NHKが作らないのは残念だ。