昼休みに自動販売機でコーラを買って帰る途中に、女性に声をかけられた。
「ちょっと、ちょっと。」と言う。
「何ですか?」
「ほら、あそこにスズメがいますよ。」
建物内の階段の手すりに、スズメが留まっていた。


基本的に階段にある窓ははめ殺しで、開かない。
たぶんスズメは1階の自動ドアが開いた瞬間に、建物内に入ってきたのだと思われた。


「あと、よろしくお願いします。」
そう言い残して、その女性は去っていった。


しばらく、恐竜の進化の結果である鳥を見ていた。
そういえば、恐竜図鑑から半分くらいの恐竜がいなくなるらしい。


それは、もともとティラノザウルスのような大型恐竜の子供の頃の骨がないことから問題となったらしい。小さなティラノザウルスの骨というのがなかったのだ。それで、恐竜はハ虫類とは違って、鳥類のように(ヒヨコと鶏のように)形が変わるのではないかという説が生まれた。


そしてその結果、別の恐竜とされていたナノティラヌスがティラノザウルスの子供の頃だとされたのだ。そういうわけで、恐竜図鑑から、どんどんと恐竜の種類が減ってしまうわけである。


詳しくは、この講義を聞いてみよう。ジャック・ホーナーの「変身する恐竜たち―人為的要因による絶滅について」。人為的要因による絶滅っていうタイトルが笑える。
http://www.ted.com/talks/lang/ja/jack_horner_shape_shifting_dinosaurs.html


そんなことを思い出しながらしばらくスズメを見ていたのだが、そういうことをどれだけ頭のなかで考えていても、あまり解決には結びつかない。恐竜から鳥類への進化のことをいっぱい考えるとスズメが僕のいうことを聞いて、1階の自動ドアからきちんと出て行くということは、現実の社会では「ない」ことなのだ。
総務課に行って、そこにいた人たちとどうするか話し合った。


これがハチだったら強力な殺虫剤で殺してしまうのだが、スズメはかわいそうだ。トリモチというものがどういうものか知らないが、トリモチで捕まえてみるのはどうかと提案してみた。案の定、全員から「トリモチって何ですか?」と聞かれた。1人くらいは知っているかと思ったが誰も知らなかった。僕も知らないので、どうしようもない。
それで、蝶を捕まえる捕虫網で、スズメを捕まえることになった。総務課の女性が1人手伝ってくれる。


ところが、これも予想していたとおり、なかなか捕まらない。
そしてこれも思っていたとおり、スズメは逃げようとして、力一杯はめ殺しの窓に激突する。回数を繰り返すたび、スズメはますます強く、窓に激突するようになった。
その激突音を聞くたびに、僕も痛いような思いがした。


何回か激突したあと、スズメが飛び立てなくなったので、捕虫網を使って捕まえた。
それをすぐに外に持ち出して、捕虫網をつかんでいるスズメの足を外す。


網から外しても、スズメはしばらくはじっと動かなかった。死んでしまったのだろうか、と見ているうちに動き出した。スズメが力なく飛び跳ねながら、強い日差しの庭から、木の陰に隠れたのを見て、僕たちはやれやれと仕事に戻った。
そして、それからどうなったかは僕は知らない。
前に保健所に聞いたとき「スズメは飼ってはいけない。厳しいようだけど、外に放してあとは野生に任せるしかない」と言っていたからだ。


それでも空中を飛ぶスズメを僕が捕虫網で捕まえられていたら、もっと元気なうちに外に出してあげられたのにと、胸が痛んだ。虫取り技術をもっと磨けばよかったと思った。そして子供のうちに「真剣に遊ぶ」ことは大切だと思った。


週末は、姉に借りていた傘を返したり、実家のジャングルのようになっていた庭を手入れしてくれた方にお礼をしたり、お寺に挨拶に行ったりするために実家に帰った。それでも、3時間くらいしかいなかった。
すぐに長野に帰ってきた。


最近、車を運転しているときに出す速度がますます速くなってきた。無理な車線変更をする人に、車のなかで怒鳴ったりする。1人でいる期間が長すぎて、攻撃的な性格になってきたのだろうかと、自分のことが少し心配ではある。


キアヌ・リーブス主演の映画「フェイク・クライム」をDVDで見た。


My Kiasu Life in JAPAN-henry's crime

主体性のない人生を歩んできた男が、いつの間にか銀行強盗の共犯にされてしまい、投獄される。刑期を勤め上げた後、銀行強盗もしていないのに刑期を終えたことに不満を持ち、同じ銀行からお金を盗み出すことを考える。金のためというよりは、主体性のない自分自身を変えるためだ。


My Kiasu Life in JAPAN-henry's crime1

のんびりとした映画で、クライムムービーとしては緊張感が全く欠けている。ラブコメディという位置づけの映画だと思う。


My Kiasu Life in JAPAN-henry's crime2

この映画では、劇中劇として、チェーホフの「桜の園」を主人公のキアヌ・リーブスとヒロインが演じることになっている。
「桜の園」の初演日が銀行強盗の実行日と同じになってしまい、金を捨て、愛をとった主人公の状況がシチュエーション的に「桜の園」と似ていて、気持ちのこもった見事なステージになった、ということなんだけど。


どう考えても無理があるし、音楽の使い方からして僕の好みではまったくなく、つまらない映画だった。


クエンティン・タランティーノの映画「マイ・ネーム・イズ・モデスティ」もDVDで見た。


My Kiasu Life in JAPAN-my name is modesty

カジノのボスが殺され、カジノが襲われる。ナンバー2も殺され、ナンバー3のモデスティという名の女性が襲撃犯に対峙する。


My Kiasu Life in JAPAN-my name is modesty1

メインの舞台が、カジノから移動しないのは多少不満が残ったものの、緊張感に溢れ、僕向きだった。カジノについての考え方も真っ当だと思う。


My Kiasu Life in JAPAN-my name is modesty2

この映画は中学生や高校生が見てもいいと思う。人生で大切なもの、必要なものがわかるし、危機的状況に陥ったときにどう対処するべきなのかが学べる。全体として道徳的にも真っ当な映画だと思う。


以前、タランティーノが「キル・ビル」について、「タイトルがビルを殺せなのに、ビルを殺さないなんてストーリーはあり得ない。」と言っていたのを何かの雑誌で読んだことがある。そういうこだわりがあれば、「マイ・ネーム・イズ・モデスティ」というタイトルから、慎ましさや謙遜などの真っ当さが売りの映画になることは、当然なのかもしれない。


1995年に公開された「フェアゲーム」というアクション映画も見た。


My Kiasu Life in JAPAN-fair game

格好いい若い刑事が、弁護士で美人の若い女を悪者のKGBの殺し屋から守る。基本的にはそういう映画だ。


My Kiasu Life in JAPAN-fair game1

自分がKGBから狙われているとわかった女弁護士は、なぜか刑事から逃げ出し、走っている貨物列車に飛び乗る。
それを刑事はオープンカーで追い、貨物列車に飛び移る。その間に、車は電柱にぶつかって大爆発。
「どうして、こんな危険なことをしてまで、私を助けるの?」
そういいながら女は刑事を拳で殴る。何発か殴ったあと、2人はキスをし、愛し合う。


My Kiasu Life in JAPAN-fair game2

俺が男女関係というものを全く理解できていないのが原因だと思うけれど、「なんで?」という展開に呆然とするばかりだ。おまけにKGBは女弁護士を殺すためだけに、何人もの刑事を巻き込んで殺し続けたにも関わらず、女弁護士だけは生かしたまま自分たちの本拠地の船まで拉致し、そこで爆死させることにする。どうして途中で殺さないのかさっぱりわからない。


全体としてバカバカしく、くだらなかった。最後まで見た自分を褒めてあげた方が良いのか、怒るべきなのかも悩むほどのひどい映画だった。


「NHKスペシャル驚異の小宇宙 人体1 生命誕生」も見た。


My Kiasu Life in JAPAN-驚異の小宇宙人体1生命誕生 

とても評判のよかった1989年のテレビ番組だ。ちょっと人体について学ばなくてはならなくなったので、これからこのシリーズを見ていくことにした。


生命は進化であり、過去とのつながりだということがわかる。確かに性教育などよりもこの「生命誕生」を見せた方が、子供に生命の素晴らしさを感じさせることができるという点では優れていると思う。


DNAを卵子まで届けることができる精子は、30億分の1。すべての精子には、先端に卵子の膜を破るための酵素がついていて、これが爆薬のように働くというのだが、それを利用できるのも30億分の1でしかない。

見ていて「ほお」と思った。


ただ、今の僕から見ると、無駄なカットが多くテンポが遅い。もっと僕にはマシンガンのように次々と知識を打ち出してくれてかまわないのだが、のんびりと番組は進む。一般的には、こんなスピードが適切なのだろうか?退屈な気分にさせられるが、それは仕方がないことなのだと思うしかない。