今週の木曜日と金曜日には叔父の通夜と告別式が東京であった。
木曜日は午前中だけ仕事をして、午後から斎場に向かった。
長野駅に車を駐めて、喪服を持って、長野駅から新幹線に乗る。
最後に叔父にあったのは昨年の秋だった。それから僕は叔父に何度も会いに行けたはずだったけれど、実際には会いには行かなかった。
18時から通夜で、その前に叔父に会った。すでに棺に納められていたが、棺のデザインが合理的で透明な部分が大きかったので、叔父の顔がよく見えた。死んでからもう数日が経っているので、死んだ人っぽくはなっていたけれど、久しぶりに会えた。
斎場はこじんまりとしていたけれど、祭壇がきれいに生花で飾られ、笑顔の叔父の写真もあった。
叔父はデッサンの能力も高かったが、デザインの能力もあった。叔父の弟が勤めていた大手設計会社の社章デザインは、叔父が作ったものだ。
その弟の結婚式で、大手設計会社の社長が「我が社のマークを新人が作ってくれた」と弟を褒め、10万円の社長賞を弟に渡したことを挨拶で言ったそうだ。僕の母は、本当はそのデザインは叔父が作ったものだと知っていたので、叔父がどんな顔で聞いているのかと思って見たら「弟はすごいなあ」という顔をして拍手をしていたそうで、おかしくて仕方がなかったと言っていた。自分の能力を無駄に誇るということを一切しない人でもあった。
本職のインテリアの設計でも、某デパートの本店にある着物売り場の設計は叔父がしたもので、未だに変えられていない。でも、そういうことを子供にも話していないようで、その辺りも叔父らしかった。
通夜式が終わり、そのあとの通夜振る舞いに出席をした。11時くらいまでいろんな話しをした。
多くの人が帰ったあと、棺のふたをあけ、家族の方と一緒に、酒好きだった叔父にと酒をハンカチでしめらせて、飲ませた。
その日はタクシーでホテルに帰って寝た。
翌日が葬儀と告別式った。家族と近親者のみの30人前後の小さな葬儀だった。
式のあと棺を生花でいっぱいにしたが、酒好きでタバコ好きだった叔父のために、酒やタバコを入れる人も多かった。
ここでもやっぱり、お酒を飲ませてあげることになって、また酒をハンカチでしめらせて、飲ませた。
棺を釘打ちするときは寂しかった。「お世話になりました」と言った。
叔父は東京で僕が下宿を探すときも、一緒に探してくれた。本当に、僕はお世話になっていたのだ。
多磨霊園の近くにある火葬場で遺体は焼かれたが、時間は1時間もかからないほどだった。久しぶりに会った姉と「都会の炉の能力はすごいね」と話した。
その後、再び斎場に戻って、食事をした。雨が降り出していた。そして全てが終わって帰る頃には本降りになっていた。
長野駅に着いたとき、駅では傘を差しても意味がないほどの強烈な雨降りだった。それでも駐車場まで濡れながら帰り、家に戻ってからシャワーを浴びた。
この1年半ほどの間に、僕は母、姪、叔父(弟)、叔父と4人も亡くした。寂しくなったという気が深まった。
土曜日には「須坂カッタカタまつり」というのに参加をした。僕はあまり「祭り」のいうのが好きではなくて、参加はもちろんのこと見るのも好きではないのだが、今回は断り切れずに参加することになった。
須坂まで車を運転している間は、大雨だった。雨量が多く、ワイパーを早く動かしても前が見えないほどのときもあった。本当にこの雨のなかでお祭りなんかするのだろうか。
そんな雨のなか、踊るメンバーに、ジーパンで来た男がいた。
「ジーパンで雨含んだら重くて足上がらなくなるぞ。それに、帰りの車の運転はどうするんだよ。1時間くらいはかかるんだろ?」
「雨、降ると困りますね。中止にならないですかねえ。」
「でも、まあ帰りの運転の時はズボンもパンツも脱げばいいか。車のなかなら別にいいだろ。」
「検問に引っかかったらどうするんですか。」
「別に車のなかでパンツ脱いでても、犯罪じゃないだろ。おかしいな。シフトが2本もある、なんて言っていれば、大丈夫だろう。」
そんなバカな話をしているうちに準備もできて、みんなで食事をしているうちに雨もほとんど止んだ。そしてみんなでダラダラと祭りの会場へ向かった。
僕はとりあえず踊り方はマスターしていたものの、結局、最後まで踊ることはなかった。ビールや酒を積んだ台車を、踊り連のあとについて押していくだけだったので、まったくストレスも感じなかった。
途中で何度も「代わりましょうか」と声をかけられたけれど、台車を押して歩いている方が気分的に楽だったので断った。アルコールも飲まなかった。今夜は代行もつかまらないだろう、という気がしたからだ。
祭りに出ていて気がついたのは、「祭り」には地元の企業が参加するので、その街にどんな企業があるのかや、その企業の性格や規模がうかがい知れるものなのだということだった。台車を引いて歩きながら、いろんな山車や踊り連を見て、いろんな意味で「祭り」は地域を反映しているものなのだと実感した。
そして9時頃に帰ってきて、あとはテレビを見て過ごした。
そして日曜日も、少しだけ英語の勉強をして、一歩も外には出ずに、本を読んだり、テレビを見たり、DVDを見て過ごした。
オリバー・ストーン監督の映画「JFK」を今頃になって見た。ケネディ暗殺の真相を調べる地方検事の物語だ。
DVDを1時間30分ほど見終わって、突然、A面終わりというクレジットが出て、画面が切れてしまった。
しばらくどういうことなのかわからず、試しにDVDをひっくり返して入れたら、B面の再生が始まった。両面のDVDというのが初めてだったので驚いた。
ケネディ暗殺については疑惑があることを、かなり正確に内容的にも以前から知っていた。今、ジョン・F・ケネディの「勇気ある人々」(英治出版)も読んでいるが、著者のジョン・F・ケネディも、本に「序文」を寄せているロバート・F・ケネディも暗殺されてしまった。
その本を読みながら感じているのは、政治家の激しい劣化だ。今の日本の政治家で「無駄な言葉を一切排除し、理路整然とし、説得力があり、誰にもわかりやすく、議場全体に響き渡る」ような演説をする人がいるのだろうか。
JFKを見て、そしてJFKの本を読みながら、JFK暗殺の真実が明かされる2039年まで、僕たちは政治の世界では、前に進めないという呪いをかけられているようにも思う。よき社会を作り上げようとするリーダーが、なぜ殺されたのかわかるまで、僕たちはそういうリーダーを持ち得ないような、そんな気がしている。
もう1本、クリストファー・ノーラン監督の「インセプション」も見た。
このようなハードSFの世界を映画で実現させたこの監督の手腕に、頭が下がる。これはものすごい映画だ。
人の夢のなかに入り込み、その人の考え方を変えさせる。簡単に言うとそうだが、その舞台設計が複雑だ。僕の好きな「時間と空間」的な要素もたっぷりある。
同じタイミングで3つの世界が同時進行し、しかもそれぞれの時間の進行速度がずれる。
そしてそれぞれの世界が他の世界に干渉している。
これを脚本で表現するだけでも相当な手腕だと思うが、それぞれの世界に手に汗を握る真っ当なアクションがあり、ドラマがある。カメラワークも美しく、どの世界にも、どうやって撮ったのかわからないけれど、洗練された映像の世界が広がる。
俳優陣もこれだけ難しい設定をよく理解し、そしてリアルな演技ができたと思う。このレベルのSF映画を僕はもっともっと見てみたい。
映画を見ながら「素晴らしい」と何度も思った。このセンス、この美しさ。ラストシーンは「そこで終わるのか!」と身もだえするようなたまらなさがあった。
もっとも、この映画が僕にとって「いい」のは僕がSF好きだからだ。しかもこれだけハードなSFだと、どこが「いい」のかさっぱりわからない人もいると思う。レビューを見ていると、ただのアクション映画と違うことがわかってない人も多い。
でも、これ以上、親切にする必要はないと思うし、望まない。
完璧な映画だと思ったが、ただ僕にとって一つ残念だったのは、これを映画館で見なかったことだ。