シナリオコンテストの1次審査の結果が3月1日に出た。
今年、1次審査を通ったシナリオは200本近くあって、大体応募総数が1400本くらいだから約7倍といったところだった。
そのレベルで、僕のシナリオは通らなかった。
それなりに真剣に取り組んでいたので、ショックも大きかった。
まだ彼女がいた頃、俺は「君が思うよりも、僕はずっと真剣にシナリオを書いているんだ」なんて偉そうに言ったことがある。
それ以来、彼女は僕のシナリオを読もうとはしなかった。
信頼していた叔父が亡くなった葬儀のときも、夜はホテルでシナリオを書いていた。
ベストを尽くそうと思っていた。
自分でも面白いと思っていたし、こんな入り口に近いレベルで落とされるとは思っても見なかった。シナリオのために犠牲にしたことも多かったし、自分に才能がないということを認めるのに時間がかかりそうだった。
夜、どこかに飲みに行こうかとも思ったけれど、自分のなかにアルコールに期待する気持ちが何もないのに驚いた。何かに失敗してやけ酒を飲むなんて、アルコール業界の刷り込みだなんて思っている自分に笑った。二日酔いの間、強制的にその原因を思い出さされそうでそれが嫌だったのかもしれない。
こういうときは泣くのかな?とも思ったけれど、泣けなかった。失望が深すぎて、結局のところ、人生に失敗したんだという思いが強かった。
3月2日の金曜日になっても、その思いが消えず、朝、職場に行くための車を運転しながら「自暴自棄になる人の気持ちがわかるなあ」なんて思っていた。
このままどこかに行ってしまおうか、なんて思ったけれど、僕は行く当てもなかった。
今の思いを歌にすると、どんな歌詞が書けるんだろうなあ、なんて思って、それから「Raindrops Keep Falling On My Head 」を少し口ずさんでみた。
歌いながら「俺の気持ちは、この歌のとおりだな」と思った。
「明日に向かって撃て」の1シーンがよみがえってきて、それで少し笑顔になった。
俺みたいな気持ちを抱えていた人が、昔もいたんだと思った。ポール・ニューマンもそんな気持ちになったことがあったのかな?なんて思ったら元気が出てきた。
いい時代になった。見ようと思えば、そんなシーンも簡単にYou Tubeで見ることができる。http://www.youtube.com/watch?v=VILWkqlQLWk
週末は実家に帰った。近所の人が亡くなったので、そのお参りをしたり、病気のお見舞いに行ったり、それから祖父の美術品を買いに行ったり、それなりにやることが多かった。
実家に帰ると腹立たしいことも多いし、いろいろと飲み込まないといけないことも多い。
あの人の家に挨拶に行った方がいいとか、この人の葬儀に行った方がいいとか、いろんな人から助言を受ける。
「亡くなった主人とは初対面でしょう。」
相手の家族も当惑気味だ。僕はその人の家族の誰1人として会ったことがない。
でも仕方がない。そういう役割を期待されているんだから、こなすしかないんだと思う。
そして、そんな愚痴をこぼす相手もいないことが、身から出た錆とはいえ、寂しいものだ。
***おまけ***
Raindrops Keep Falling On My Head (訳は俺が適当にした)
雨が俺の頭の上に降っている
ベッドには足が長すぎる男のように
すべてがしっくりいかないみたいだ
雨が俺の頭の上に降っている、雨が降り続けている
だから俺は太陽に話すことにして、
おまえのやりかたは気に入らないと言ったんだ
仕事中に寝てるんじゃないって
雨が俺の頭の上に降っている、雨が降り続けている
でも俺は、1つだけわかっていることがある
やつらが俺に送ってよこした鬱な気分は、俺を負かすことができない
幸せが近づいてきて、俺にあいさつするまでそんなに長くはかからない
雨が俺の頭の上に降り続いている
でも俺の目は赤くなったりしない
泣くのは俺に向いていない
なぜなら俺は文句を言って雨を止めようとしたことなんかない
俺は自由だから、
俺を悩ませるものなんか何もない
幸せが近づいてきて、俺にあいさつするまでそんなに長くはかからない
雨が俺の頭の上に降り続いている
でも俺の目は赤くなったりしない
泣くのは俺に向いていない
なぜなら俺は文句を言って雨を止めようとしたことなんかない
俺は自由だから、
俺を悩ませるものなんか何もない