今週末は実家に帰った。
先週末、実家の水道のパッキンが凍り付いて壊れたと聞いていたので、様子を見に行った。
でももう修理は終わっていたので、そのことについては特に何もすることはなかった。


実家は相変わらず寒かった。
母の1周忌にあわせて、いろんな人からお供えを頂いたので、返事を書いたり、お菓子を送り返したり、それなりにやることはあった。


姉から祖父の作った小さなブロンズ像が市場に出たと聞いていた。
「見たかったら、見に行けば。」
姉とは最近はあまり仲がよくない。
アポイントを取って、土曜日の夕方に美術商の方のところまで、作品を見せてもらいに行くことになった。


その方の家は山の上の方にあり、ナビを頼りに、狭く舗装されたアスファルトの上を「本当にこんなところに美術品を扱う人がいるのだろうか」と不安になりながら運転をして行った。
ナビが、十分に近づいたからと案内を終了してしまっても、僕にはまだどこの家なのかわからなかった。
車を駐めて周りを見回して、たぶん、あの家だと見当をつけて、その家の表札を歩いて見に行った。
家の周りの庭が、ロータリーになっていて、少しおしゃれな感じだった。美術商の方は世界中を旅しているようだったので、きっとこういう庭を造るのだろうと思った。
そして、僕の読み通りだった。


僕が玄関の近くまで車を回すと、「よく来られましたね」と美術商の方が玄関から出てきて迎えてくれた。
「お姉様に道を聞かれたのですか?」
「いいえ。ナビで。」


別棟にある蔵のような建物に連れて行ってもらった。
なかは中国風の巨大な屏風や、多くの絨毯、それから数多くの絵画が飾られていた。
これはいい、と思う素晴らしい絵もいくつかあった。
「いい絵がありますね。」思わずそう言ったが「でも、本当にいい絵はここには置いていないんですよ。」ということだった。


祖父の作品は手前のテーブルのうえに置かれていた。
高さは40センチほどのブロンズ像で、箱書きもしっかりしていた。


「土に立つ」というその像は、何かすごいテクニックが使われているというわけでも、見た人が驚くような装飾もなにもない、素朴な作品だった。
一枚の着物を着たおかっぱ頭の少女が、少し山のようになった地面に立ってまっすぐ先を見ている、ただそれだけの作品だった。
決して美人でもなく、取りたててかわいくもなく、しかし、見ていて飽きない。
「私も、おじいさまの作品は数多く見てきましたけれど、この作品には驚きました。」
そう、美術商の人も言うほど、そっけないほどに簡単な像だった。


「おじいさまは書もなされていました?」
「はい。」
「作品はお持ちですか?」
「たくさんあります。でも、まったく管理ができていません。」
「これ、差し上げます。」


祖父の書を額に入れたものをいただいた。
その後、母屋に通されて、そこで奥様にお茶や美味しいお菓子をごちそうになった。


家の中でヒヨドリが鳴いていて、驚いた。
このあたりには、クマも猿もイノシシも出るのだという。
そこで飼っていたヒヨドリは、娘さんが助けたのだという。ヒヨドリの巣を襲っていた蛇を見つけて追い払おうとしたときに、そのヒヨドリは既に蛇の口の中に飲み込まれていて、足だけ出ていたそうだ。しかし、蛇が逃げる最中に、そのヒヨドリを吐き出したのだという。


その娘さんは蛇に襲われた雀のヒナも助けたことがあり、それもエサを与えて飛び回れるまでに成長させたことがあるという。


「いい話ですね。」
「でも、娘は蛇に恨まれているんじゃないか、と言っています。蛇だって、生きるためにたいへんなんですから。」
「なるほど。」
確かに、物事は角度を変えてみると違って見える。


いろんな話しをした後、姉と相談すると言って、家に帰った。
そして、翌日の日曜日には、再び長野にまで戻ってきた。
そして結局、姉には相談しないまま僕がその像を買うことに決めた。
美術商の方は「お孫さんが買うのは特別ですから」と、買ったときの値段そのままで譲ってくれることになった。


河戸一雄監修、熊谷雅人著の「自分で登記をする会 司法書士や土地家屋調査士に依頼せずに二十歳の女子大生が自分で登記をして40万円を節約したら」(登記研究会)という本を読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-自分で登記する会

表紙を見たらわかるように、例のドラッガーの本の2匹目のドジョウねらいの本だ。ストーリーは浅く、知識も美味しそうな所をつまみ食いしたような感じだ。
簡単な登記なら自分で登記した方がよい、ということ自体は正しい認識だと思うが、洞察も甘く、何よりストーリーが貧弱でがっかりする内容だった。


こういう本は売れるのかもしれないし、それを読んで少しわかったような気になる人も多いかもしれない。
でもこういった浅い本で得た知識など、結局、何にも身につかないことにそのうちみんな気がつくだろう。