金曜日の夜、7時30分まで残業した。
土木の仕事をしていた頃は、残業で12時過ぎになることが日常茶飯事だったので、7時なんて昼飯の時間くらいにしか思わなかったものだが、もうすっかり今の勤務形態に慣れてしまい、7時を過ぎると心のどこかで軋む音が聞こえる。
金曜の夜は、それから車に乗って実家まで帰った。
実家に着いたのは10時過ぎだった。
もう母の一周忌の日程を決めなくてはならない。
仕方がないこととはいえ、やれやれという気分だった。
土曜日はその日程調整のために、お寺に行き、ついでにお墓も見てきた。
誰がしてくれるのかは知らないが、お墓はきれいで、お花も新しいものがあった。
ありがたいと思うが、それに恩返しのできない僕は、どこか返すあてのない借りを背負ったような気もする。
実家にただいるだけでも、いろんな人が訪ねてくるし、電話もかかってくる。
見ず知らずの人から、突然「お母様の遺作展の予定はありますか?」なんて言われても、まだ何も答えられない。
家の前の側溝には、母が取ってきた野の花が咲いているのだが、繁殖しすぎて水の流れを阻害している感がある。いつか苦情が来るかなあ、と思っていた。
家で休んでいたら、やっぱり何とかしてくれと苦情が来たので、草刈りを持って側溝をきれいにした。
また、少し家を空けていただけでも、大量に郵便物が溜まっている。
多くはどうでもいいダイレクトメールだから、ゴミ袋に突っ込むだけだが、対応する必要があるものも相当ある。
年賀状欠礼のハガキを出したら、「知らなかった」ということで香典も届く。当然、礼状も書かなくてはならない。
ゆっくりシナリオの仕上げを実家でしようと思っていたが、どうも無理らしく、また何かの刑罰かと思うほど、家の中が寒い。
土曜日の夕方には実家を出て、再び長野まで戻ってきた。
長野に戻ってきてから、アメリカのドラマ「ダメージ」のファーストシーズンを見始めたら、その深さと緻密さに愕然とし、「求められているのはこのレベルなのか」と思った。
これは手が届かない。そう思いながら6話まで一気に見た。
そんなことをしていたので、シナリオをそれなりの形に仕上げるまでに、日曜日の夜までかかった。でも「ダメージ」を見たあとなので、読み返すたびに、底が浅いように感じられる。登場人物の書き分けも今ひとつ。
今週は勤労感謝の日に「月に囚われた男」というSF映画も見た。
僕の書いたシナリオもSFなので、一応、と思ってみたのだが、最初、シチュエーションが似ていて、無意識のうちに盗作をしたのかと焦った。
よく見ていたら、全然違う話だったからほっとしたけれど「このタイミングで、この映画を見ちゃうのか?俺は?」とかなり後悔をした。
優れたSFは最後まで筋を通すことだと思う。この映画はその点は十分クリアをしているものの「それで何?」と言われると答えづらい。つまり訴えるものがあまりない。
そしてそれは僕の書いたシナリオもそうだ。
「ダメージ」レベルの作品を書く人が、いっぱいいるんだろうなあ、と思ったら、本当に自信がなくなってきた。

